• 22 / 80 ページ

弱点

 その日の放課後の時間、4年の転校生キャクタス・ジョージアは、ライバルの情報収集に余念がなかった。


 同学年や下級生はまだ彼を警戒して口を開かない者が多かったので、自然と上級生のところへ聞きに行くことになった。
 何故、これほどまでレミ・オズワルドにこだわるのか、彼は自分でもよく理由がわからなかった。
 一部の上級生が言うように、8年のボスであるドニファンを取られまいとしているとも考えられた。しかし彼自身、人気とか愛情が欲しいわけではなく、ただ単に人と競い合いたい気持ちがあるのかもしれなかった。


 レミは彼と同じように転校生で、この地方の出身ではなく、新学期が始まってもしばらく姿を見せなかった。そのため彼に対する興味や疑問が、否応なく高まったのかもしれない。
 そしてキャクタスがよく一緒にいる8年生が、揃ってレミの話題ばかりしていたため、少しは嫉妬の感情があったともいえた。



 やがて本人が学校に姿を見せると、生徒たちは揃って彼を熱烈に迎えた。
 何も知らないキャクタスにとっては、その光景は異様に思えた。
 「一体、奴は何様?」とか「女でもないのに、何故みんなそこまで好きになる?」といった疑問が頭を駆け巡り、その思いが相手に対する反感になっていった。
 見れば自分とさして変わらない背格好で、強そうでも怖そうでもなかった。クラスの首席を張るような超天才でもなさそうだし、吹けば飛ぶような痩せっぽちの体型だった。
 まるで女王様か何かのように、つねに周りに人垣が出来て近づけないのも、反感が増す原因だった。
 そのため近くでしゃべったことがなく、皆が姫様にチヤホヤする様子を横から不審げに眺めている日々が続いた。





 キャクタスは基本的に、他人のことなど全く気にならないマイペースな人間だった。
 それでレミのことも他の同級生のことも無視していたのだが、どうしても同じ時間・同じ場所で動くことが多く、にぎやかし連中にからかわれることも日常茶飯事だった。
 にぎやかしは本当に容赦なく、キャクタスの弱みをついては攻撃してきた。
 その鬱憤や、1人で過ごす時間の暇つぶしのために、彼はレミをターゲットにして当たり出したのだった。
 本気で張り合ったり、対戦したりというよりは、ちょっとじゃれつく感じだった。気に入らない“いい子ちゃん”を負かして、泣かせればスッとすると思ったのだ。


 彼にしてみれば、この学校にいる生徒は皆、坊ちゃんばかりだった。
 貴族でなく平民の子供もたくさんいたが、彼らとて学費と寮費が払えるだけの余裕がある家の子に違いなかった。

 その一方、キャクタスは本当に自分が貧しい家の出だと分かっていた。父親は早くに亡くなり、確かな後ろ盾もおらず、まるで間違いで入り込んでしまったかのように、こんな上流社会の場にいる感じだった。
 彼をこの学校に入れたのは母親で、彼女は息子にいい教育をさせるために必死で働いた。自分が働くために子供を伯父に預け、効率的に金を貯めることに成功したのだ。
 “息子が可愛い”という感情で動くのではなく、合理的に先の事まで見通す能力が彼女にはあった。その気質をキャクタスも受け継いだのか、母親を恨むことなく淡々と里親の元で過ごした。
 確かにロンドンの貧しい家での生活は最悪だったので、彼はそこから救い出してくれた母親に感謝していた。
 元々将来への過剰な期待はなかったものの、少なくとも最底辺の暮らしからは這い上がることが出来た。それで彼はどんなに場違いでも、他の生徒にからかわれても、全く動じることなくこの場に居続けたのだ。




 キャクタスはレミのことをまだ調査中だったので、同じ下町育ちだとは知らなかった。
 知ったとしても自分ほど悲惨な人生ではないはずで、共感や親近感など沸かなかったに違いない。
 とにかく彼は皆にチヤホヤされているフランス人に、少し痛い目を見させたかった。それによってクラスの中の自分の立場が、もっと悪くなると気づかないほど鈍感でもなかった。
 どのみち最初から皆に避けられ、嫌われているのだから、どんな振舞いをしても平気さ…と思っていたのだ。









 それでこの日の彼は、レミの情報収集をしようと自習室へ来たのだった。
 ちょうど週末にある小テストの前で、7年を中心とした上級生が一夜漬けのようにして知識を頭に詰め込んでいた。
 出された宿題のレポートを仕上げている者も多く、図書館のように静かな場所だった。それでゆっくりと話が聞けたし、答えてもらえる時間もありそうだった。


 だがわざわざ呼び出されない限り、上級生がいるこんな部屋には下級生は滅多に近づかなかった。
 机ごとにスペースが仕切られていて、個室に近い状態だったからだ。そんな所へ連れ込まれて、「股の間にしゃがめ」などと無理難題を言われるケースも多かった。

更新日:2022-03-29 23:50:39

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook