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4年教室へ

 警察病院での騒動があってから1週間後────


 新学期の始まったバブリックスクールでは、生徒たちが落ち着かない日々を過ごしていた。
 それまで学校中の興味や好意など様々な執着を持たれて、日々その生態を眺められていたレミ・オズワルドの姿がなかったからだ。
 いまだにその理由ははっきりしておらず、教師に聞いても同じ学年の4年生に聞いても、誰もちゃんとした答えを返す者はいなかった。




 生徒が就寝する寮部屋の入ったM館では、一番下の階の3C部屋にレミの寝所があった。
 その3C部屋では今夜も、眠る前のひと時を4人の仲間が過ごしていた。

 学年は上がって皆4年生にはなったが、寮部屋は3月までは元の場所のままだった。部屋替えが秋ではなく春にあるからで、それまではまだ3年生用の部屋で寝起きしていたのだ。




 すでに周りから何度も質問されていたが、フィリップ・ブライトンはこの夜もじっと口をつぐんでいた。
 彼とトム・ウィルキンズは夏休みもしばらく学校に残っていたので、レミに関する事情を知っているに違いないと見られていた。
 確かに彼らは知っていたのだが、今はまだ口外できなかったのだ。
 警察の捜査はもう終了してレミも誘拐現場から助け出されたものの、少年の記憶が戻らないので事件は終わっているとはいえなかった。
 事件についても生徒には伏せられていて、フィリップはそのことも皆に言えなかった。部屋の仲間ぐらいならいいかもしれなかったが、どこに人の目や耳があるかもしれないので言わないでおいた。
 3Cにはしょっちゅう関係ない生徒が入ってくるので、おちおち大事な話も出来なかった。特に騒ぎ好きのクリンやセドルやアーミストなど、にぎやかしの連中に知れると、さらなる大騒ぎになって厄介だった。



 バブリックの生徒は夜寝る時、たいてい灰色っぽい長そで長ズボンの体操着のような寝間着を着ていた。
 この晩はすでにみなシャワーや着替えを済ませ、消灯時間までベッドで寝転んだり椅子に座ったりしておしゃべりしていた。
 話題はどうしてもレミの話になった。レミは春から加わった新入生だったがこの部屋の大事な仲間で、彼らの間には絆が出来ていた。
 寮部屋仲間の自分たちにさえ教えてもらえないので、アンドリューもスミスもジミイも不本意そうだった。それでこうして時間があれば事あるごとに尋ねてきて、フィリップはその都度ノーコメントを繰り返した。




 自分のベッドで片膝を抱え、フィリップは下向きの視線で頑なに口を閉じていた。
 そんな彼の近くに、ジミイは椅子を持って行った。足を広げて逆向きに座り、椅子の背を抱き込むようにして、彼は相手にしゃべりかけた。
 「なー、フィリップ。お前たち学校に残ってた者は、レミがどこへ行ったか知ってるんだろ?なぜ教えてくれないんだよ」
 班長のアンドリューも、フィリップのペッドにあぐらをかいて座った。
 彼は相手が話せない事情があるのは察していたが、やはり班の仲間ぐらいには話して欲しいと思っていた。それでこの時も熱心に説得を始めた。
 相手の肩に左手を掛けながら、彼はジミイに続けて言った。
 「そうだよ。なぜ教えられないかぐらいは教えてくれてもいいだろ。レミが誘拐事件に巻き込まれたとか、病気で死んじまったとかいう噂まで立ってるんだよ。そんな噂をずっと広めたままにしていいの?」



 すでに何度聞いても答えが無いので、スミスはヘソを曲げてしまっていた。
 彼は少し離れたところで向こうを向きながら、怒ったような口調でこう言った。
 「やめな。聞いてもしゃべらないんじゃしょうがないよ。僕らが信じられないんだとさ。フン、今まで友達だと思ってたけど、もう絶交だ」


 スミスは人のことを親身に考えられる優しい性格だった。
 それでこれまでクラスメートの相談に乗ったり、争いを静めたりして仲間の役に立ってきたのだ。
 クリンのようながさつで信用のおけないおしゃべりなら、話さないでいるのは当然だといえた。だがそんなにぎやかしと同様に見られたことが、彼には何より悔しかった。
 大人しい彼が尋ねれば、いつもなら級友はたいていの秘密を打ち明けてくれたのだが、今回はそうではなかった。それで少しショックを受けてもいた。







 そんな3C部屋の仲間のイライラした気持ちは、フィリップもよくわかっていた。
 自分もそんな扱いをされたら腹を立てる決まっていた。レミを大切な仲間だと思っているほど、心配や怒りが増すのだった。
 しかしやはり誰にも一切、口外は出来なかった。

 レミにとっては、今が一番重要な時だと大先生に教えられていた。
 記憶喪失は新たな日常の記憶が上書きされて行くほど、思い出しづらくなっていくそうだった。それでいまだにレミは警察病院に入院して、余計な日常のあれこれで混乱しないようにしてあったのだ。

更新日:2021-12-21 19:30:25

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