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 入学試験の結果が出た。
 合格。
 正直あまり実感は湧かないが、肩の荷は降りた。
 これであとは卒業を待つばかり。当然準備は必要だが。それに、別段学力で分けられていなかった今までとは違うのだから、余裕があるうちに予習をきちんとしておいた方がいいだろう。
 とはいえ、予習とはどうしたらいいのだろう。高校生向けの参考書を買おうか?けれど学校からも何か教科書と一緒に買うよう指定されるものがあるかもしれないし、無駄遣いはいけない。いや、そうだとしても、二冊あった方がしっかりと勉強できるのだろうか。それとも解ききれずに持て余すだろうか。万一指定のものと同じものを買ってしまったらそれこそもったいないし・・・何かあっても予備がある、と思えばまだいいかもしれないが。
 こういうことを考えるのが一番無駄なのかもしれない。もう疲れたし、少しくらい何も考えずにいる時間をとる方がいいだろうか。しかし何も考えないようにすることなど可能だろうか。結局まださんごは見つからないのだし。
 ぼんやりしながら例のバス停へ向かう。
 自分から進んで誰かに会いに行こうと思ったのはいつぶりか。初めてなのかもしれない。
 バス停に近づくと、もう黒い影が見える。本当にいる。いつもバス停にいる、というのは嘘ではないようだが、あのひとは何をしているのだろう。不思議なひとだ。わからないことばかり。
 こちらから声をかけるべきなのか考えつつ近寄ると、向こうがこちらに気がついてくれた。
「ミコト君、来てくれたんだ。嬉しいな」
 ぴょこん、という擬態語がよく似合う立ち上がり方をして、満面の笑みで歩み寄ってくる。
「あ、そう、これ。お約束のあさぎの羊羹!渡せてよかった!私から会いに行こうかとも思ったんですよ」
 いきなり紙袋を突きつけられた。そういえばあさぎの羊羹を買ってくれるという話なのだった。どうせ断っても押し付けられるのだろうし、羊羹は美味しいし、ありがたいといえばありがたいのだが。しかし今話したいのはそれではない。せっかくまず何を言おうかと考えていたのに、もうペースが崩れた。困る。
 話すのが先か受け取るのが先か戸惑い、結局受け取らないままなんとか声を出す。
「あの、結果・・・が」
 しかし、喋っている最中、受け取らないのは失礼だろうか、と頭に浮かび、ひどく自信のない調子になったうえに言葉が途切れてしまう。これはよくない。あまり考えすぎるのは悪い癖だ。
 どう続けていいかわからなくなり黙ってしまうと、相手も急に心配そうな様子になる。
「・・・あの、もしかして、もしかします?」
「いえ!」
 聞かれて咄嗟に否定してしまい、決まりが悪くなりながら続けた。
「あの・・・大丈夫です、合格です」
「よかった!」
 答えるなり相手がぱっと飛びついてきた。そして私の手を包み込むようにして取ると、勢いよく喋りはじめる。

更新日:2022-04-24 19:19:18

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