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「ミコト君」
 目の前で声がしたので、なんだか寝ぼけたようになりながら目を開ける。それが誰かはわかっていた。案の定、いつも通りの黒い外套が目に映る。
「お隣、よろしいです?」
 ぼんやりとしたままうなずくと、相手は本当に私の隣に腰掛けた。
 いつの間に来たのだろう。疑問は浮かぶものの深く考えることもできない。
「今日試験だったんでしょう?お疲れ様でした」
「・・・」
「会えてよかった。本当はお疲れ様のお菓子を渡したかったんですけど、ミコト君、今日はまっすぐ帰るものだと思ってたので持ってこなかったんですよ」
「・・・」
「また今度渡しますね。あさぎの羊羹、ミコト君好きだろうと思って」
 こちらは相手の顔を見ているだけだが、相手は一人で喋る。いつものことながらよく口が回るものだ。こちらとしてはありがたいけれど。
 あさぎの羊羹といえば、おばあさまが節目のときなんかによく買ってくれるものだ。老舗の和菓子屋だそうで、他の羊羹と比べても特に美味しい、らしい。私は他の羊羹をあまり食べないのでどの程度違うのかはわからないが、確かにとても美味しい。しかしあれはそれなりの値段ではなかっただろうか。
「あ、それとも他のものがいいですか?何か欲しいものあります?」
「・・・」
「ね。遠慮なくなんでも言ってくださいね」
 なぜ何か買うのが前提なのだろう。べつに頼んでもいないし、これ以上お世話になる気もないのに。
「あの・・・」
 どうにかしようと口を開く。
「はい、なんですか?」
「その、あまり、お世話になるのは・・・」
 もごもごしながら視線を落とすと、相手が突然私の両肩を掴み、ぐっと押さえつけるようにした。そのせいで身を乗り出す相手の顔を見上げる形になる。
「いいの。私が何かしたいだけだから。ね?」
「はい・・・」
 勢いに気圧されうなずいてしまう。相手の顔は穏やかなのだが、どことなく有無を言わせないような雰囲気があった。そのうえ返事をしたのに手を離してくれない。痛いわけではないにしろなんだか怖いのでやめてほしい。
「じゃあまた今度、羊羹持ってきますね。・・・そうだ、試験の結果っていつわかります?」
「明日には」
「そっか。じゃあ明日は早く帰って、おばあさまにご報告しなくちゃね。ミコト君なら大丈夫。きっとおばあさま喜んでくださいますよ」
 またそうやって無責任なことを言う。このひとはものを考えるということを知っているのだろうか。

更新日:2022-02-27 21:32:28

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