• 22 / 42 ページ
 見送ってから気がつく。せっかく家まで来たのだから、おばあさまに会ってもらえばよかった。とはいえ、また追いかける気にもならないのでおとなしく家に入る。
「ただいま帰りました」
「よくお帰り」
 おばあさまはすぐに来てくれ、私の様子を見るなり言う。
「みーちゃん、あんたやっぱり転んだね。お風呂沸かしてあるから、今日は早くあったまりなさい」
「・・・はい」
 やっぱり、とはどういうことだろう。そんなに私は不注意だろうか。おばあさまには自分で思っている以上に心配をかけているのかもしれない。
 少し落ち込みながらお風呂場へ行く。そこでいきなり受験のことが頭に浮かび、また憂鬱になった。
 これからどうなるのだろう。
 考えながら服を脱ぎ、温かいお湯を浴びて、髪を洗う。目を閉じるとあまりいい考えが浮かばないので嫌なのだけれど、目を開けたままにするわけにもいかない。
 まぶたの裏に色々な記憶が浮かぶ。頭の中で声が蘇る。どうせいい思い出などあまりないのに。そうでなくても、今だって嫌なことはいくらでもある。
 そんな中、ふと先ほど言われたことが浮かんでくる。
「ミコト君なら大丈夫。何も心配いりません」
 途端に何も頭に浮かばなくなる。頭の中が空っぽになったような感覚を覚える。
 目を開けると、すっかり曇った鏡がある。なんとなしに指で拭くと、そこに映る私はずいぶん情けない顔をしている。そう思った瞬間、その顔がいっそう歪んだ。
 今度は目を開けていたくなくなり、また目を閉じてお湯を浴びる。不思議と今日は目を閉じていても何も浮かばない。あのひとの言葉にどんな影響があるというのか。
 考えてみれば、あのひとのことは本当に名前くらいしかわからない。話を聞くだのなんだの言っておいて、よくバス停にいるとかいう曖昧なことしか教えてくれない。あのひとは私にどうしろと言うのだろう。
 目を開ける頃には、鏡はまた曇っている。もう自分の顔を見るまいと思いながら体を洗い、湯船に浸かる。その間ずっと、変に浮ついたような気分だった。誰かに何か文句を言い続けてやりたいような。
 温かいお湯に体を浸すと、無意識のうちにため息が出る。その瞬間に何かが外れ、気がつけば涙が出ていた。どうにかしようと思っても止まらない。何に対して、どういう感情で泣いているのかも、自分でわからない。
 そうしてしばらく、お風呂場で一人声を殺して泣いていた。

更新日:2022-02-06 21:11:54

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook