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 ざあざあと、雨は降り続いている。
 噂のバス停で、私はそんな音を聞きながらぼんやりとしていた。バス停はそう立派なものではなく、標識と古ぼけた椅子以外には何もない。当然屋根もない。しかし、バス停に着くまでにとっくにずぶ濡れになっていた私にとって、そんなことは問題ではなかった。
 雨の日、私の傘はやたらとなくなる。傘を忘れた誰かが盗んでいくのか、いつもの通りに誰かが嫌がらせをしているのか、判断はつかない。壊れた状態で戻ってきたことはないので、前者の方が可能性が高いように思う。しかし、こうも私の傘ばかり盗まれるのはどういうわけだろう。盗まれないのは、もとから傘を忘れてしまったときばかり。どちらにせよ、私は濡れて帰る羽目になる。
 雨が止む気配はない。体はいっそう濡れていく。不思議と寒くはなかった。そんなことより、少し前にいなくなった猫のことが気がかりだった。寒がりだったのに、こんな季節に外へ出て行ったっきり帰ってこない。こんな雨の中さまよっていたら、体を壊すかもしれないのに・・・。
 雨の音はだんだんと激しくなっていくように思う。なんとなく居心地が良く、眠り込んでしまいそうな気さえする。時間が止まって、このままでいられたらいいと非現実的なことを考えた。もうすぐ高校受験、そんなことを考えている場合ではないし、おばあさまのためにも勉強をしなくてはならないのはよくわかっていたが、どうにも帰る気が起きない。
 家までは歩いて十五分ほど。バスに乗る必要はない。そもそも、たしかこのバス停からでは、家とは違う方向へ行くはずだ。それでも私がここにいるのには理由があった。私は雨傘男を待っているのだ。
 雨傘男とは、都市伝説の一つ。真っ黒い雨合羽と真っ黒い長靴を身につけ、やはり真っ黒い、大量の雨傘を持っているという怪人物。雨の日になるとある決まった場所に現れて、傘を持たない人間に傘を貸してくれるのだそうだ。
 その決まった場所が、このバス停という噂だった。そんな噂のある場所はいくらでもあるので、信憑性は全くない。そのうえ私は雨が降るたび、わざわざ遠回りをしてここを通るようにしていたのだけれど、雨傘男を見たことは一度もない。噂は嘘に違いない。
 けれど私は、理由もなくここで雨傘男を待ちたかった。自分でも訳のわからないことをしているとは思う。しかし、どうにも家に帰りたくない。私にとって安心できる場所は家くらいのものだというのに、今日に限っては帰る気が起きない。
 ぼんやり、雨の音を聞く。水の音は好きだ。それ以前に、水というものが好きだ。このまま、何もかも沈んでしまえばいい――いや、さんごは水が嫌いだから、あの子が帰ってきてから――おばあさまは水の中でも大丈夫だろうか――それ以外のものなら、みんなどうなったって――。
 そう考えているうち、ふとため息をつく。そうすると、とりとめのない考えは全て消え去り、虚しさだけが残る。これからどうしようというのだろう?何もかもなかったことになればいいのに。いや、おばあさまに恩返しするまでは――。何か、自分のことも全て他人事のように思う。

更新日:2021-12-20 19:35:02

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