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ACT.3

程なくして丈二は雑居ビルの地下にある佐山の経営するパブに着き、階段を降りてドアを開けるな否や佐山の怒鳴り声が聞こえて来た。



「杏子はなぁ、スグに食いてーからテメーに頼んだんだっ!!



ドーナツ買いに行くのにどれだけ時間がかかる?



オッ??」



薄暗い店内の奥、壁掛けの小さなシャンデリアに灯された皮張りのソファーに兄貴分である二代目 海江田組 組員 佐山久(26)が眉間にシワを寄せ、前屈みに顔を突き出す様にして座っていた。

小柄で細身の身体だが、パンチパーマに色付きのサングラスをかけ、鋭い目つきはいかにもヤクザ者といった風貌で威圧感がある。



L字に置かれたソファーの対角には同じ佐山の舎弟で同期の浜田正人(22)が、佐山と同様に怒りを表わにしていた。

正人は丈二と同年代だからか、丈二と同様にリーゼントの髪型で、細く剃った眉毛を斜めにして睨みを効かせている。



丈二はそんな二人を見ながらゆっくりと店内に歩いていく。 



ー正人。

俺の手の中でたくさんの血を流して死んだ事を昨日のように覚えてるぜ。 



当たり前だけど生きてるんだなぁ。ー



丈二は安堵感に包まれ少しだけ口元を緩める。



そして、そんな強面の2人が睨みつける視線の先に、丈二の舎弟である浅野洋一(19)が床に正座させられていた。

洋一はアフロパーマの様なチリチリ頭のリーゼントに白いスーツを着て見た目は一人前を気取っているが、小柄に加えお調子者で気弱な性格が正座させられているとより引き立って見えた。



そして困った顔をして縮こまった洋一に佐山がまくし立てる。



「八百源のオヤジ30分やそこら待たせたってゼニ払わねーワケじゃあるまいが!



少しは段取りツーもんを考えろ!」



キツイ言葉に洋一は困りきった表情で口を開く。



「しかしですねぇ...」



洋一の言葉を言い訳とでも感じたのか、佐山はさらにヒートアップして声を荒げる。



「しかしもカカシもねーんだ!

俺たちゃ上が黒っツったら白いモンでも黒なんだよ!!」



そう言うと同時にテーブルをドンと拳で叩いた。

その様子を見ていた丈二は見かねるように佐山に声をかける。



「ドーモ...なにか?」



佐山の怒りは治らず、今度は頭を下げている丈二に向けて声を荒げた。



「何かじゃねーよ

この野郎、杏子が買い物言いつけたら用事があるって断りやがった!」



その言葉を聞いて、丈二はチラッと洋一に視線を向けると、洋一は助けて下さいと言わんとばかりに丈二に話し出す。



「江原さんトコから電話あって、八百源の"ノミ"で抜けた分集金してこいって...」



「江原の兄貴...!?」



「それで出かけようとしたら杏子さんからドーナツ買ってこいって言われて...」



言い分を聞いていた佐山は呆れた顔をしながら洋一を指さして口を開く。



「まったく二言目には江原、江原だ!



テメーは最近江原にベッタリらしいなぁ!

アイツがそんなに偉いのか!? あぁ?」



そしてその横で聞いていた正人は怒り心頭といった表情で洋一を睨みつける。



「ウチの兄貴と江原の兄貴、ドッチがテメーの筋だぁ...?



兄貴安うみとったらカタはめるぞ コラ!」



正人の今にも殴りかかりそうな荒ぶった言い方に部屋の空気が強張っていく。

そんな空気に辟易した洋一はふぅとため息をついていた。



そして、丈二はそんなやり取りを聞きながら肩を落とした。



ーなんて.....



なんてしょーもない事で揉めてんだ。



たかがドーナツ買いに行くか行かねーかって話でこんなに怒って俺まで呼び出されたのかよ。



...確かに10年前こんなことあったワ。



まぁ、江原が絡んでるから佐山が怒るのも無理はねーケド。

この当時、江原の野郎は俺じゃなくて佐山と競り合ってたんだよな。



そんで洋一も洋一で要領悪いからなぁ。ー



丈二もため息をつきながら洋一の方へ視線を移すと、相変わらず困った表情の洋一が丈二を見つめていた。

そして、懇願するように言葉を絞り出す。



「まいったなぁ

兄貴からも言ってくれよ!」



その言葉を聞いて丈二ははっと昔を思い出した。



ーああ、この時の洋一のツラは覚えてるぞ。

1回目の人生の時、コイツが俺を鉄砲玉にした時のツラと被ったんだ。



そんで俺はキレてコイツの顔面にケリ入れてボコボコにしたんだよなぁ。ー



更新日:2021-10-18 22:37:21

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