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3節

 木々が色付き、やがて木枯らしが吹く季節になっても、
相変わらず2人の逢瀬は続いていた。そんなある日のこと――

「仁さん」

 いつものように家を出ようとした仁を呼び止めた者があった。

「母上。どうされました?」

 既に靴を履き終え立ち上がったところだ。
靴は脱がずに向き直り、母親と正対する。

「お話があります。こちらへ」

 いつもと変わらぬ口調。だがその語気には有無を言わせぬ迫力があった。

 仁はため息をつきつつ靴を脱ぎ、母親の後に続いた。

 母親は仁を座敷へと招き入れると、障子をぴしゃりと閉じた。

 普段と違う様子を仁がいぶかしんでいると、正面に正座した母親が
唐突に切り出した。

「仁さん、見合いをなさい」
「はぁ!?」

 声が裏返っていた。

「――もう貴方も20と3つ。いつまでも叔父上に
領主代行をしていただく訳にもいきません。
妻を娶り、内外に貴方が一人前になったことを示さねばなりません」

「お言葉ですが母上、俺、いや私にはまだ
学ばねばならないことが山積みです。まして妻など……!」

「このところの貴方の様子は聞いていますよ。
必要なことなどもう二月もあれば充分でしょう。
しかるべき良家の御息女を迎え――」
「私には心を通わせた人が居ります!」

 ――暫時、時が止まった。

 思わず口をついてしまったが、仁はこの後をどう取り繕おうかと
視線を彷徨わせた。

(――何てことを言っちまったんだ俺は!? 
けど強ち嘘って訳でもないし……。
あれ? ということはもしかして……?)

 自分が言ったことで勝手に狼狽している仁を見て、
母親はため息をついた。

「――いいでしょう。一度その方をお連れしなさい」
「え!?」
「そういう方が居られたのなら、もっと早く仰れば宜しいものを……」
「あ……う……」
「出来ましたら一両日中に。宜しいですね」

 母親は固まってしまった仁を置いて座敷を出て行った。

 残された仁の頭の中はパニック状態だった。
(俺は何であんなことを……!? 
いや、でも好きなことは間違いないし……。
いやでも結婚ていうのは本人同士の気持ちが大事なのであって……あれ?)

 ふと、頭をよぎるもの。

(辰乃さんって俺のこと、どう思ってるんだろう……)

更新日:2021-08-08 22:11:17

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