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3節

「急ぎの書簡と!?」
「ははっ」

食事中だった仁の元に舞い込んだ一通の手紙。

「曽根崎康正(そねざきやすまさ)殿から至急殿へと」
「わかった。使者の元へ案内せよ」
「こちらに!」

老人の案内で客間に通された仁は、その場にいた甲冑姿の男の前に座った。

「書簡を見せよ」
「こちらにございまする!」

甲冑姿の男が差し出した手紙を受け取ると、仁はすぐに目を通す。

「武田玄道(たけだげんどう)殿が動いたか……!」
「兵力はおよそ五千! 風間殿には是非とも助太刀願いたく!」
「ふうむ」

仁が動かせる戦力はおよそ三千。曽根崎軍と合わせれば丁度五千強となる。
戦力は拮抗。しかし戦上手の武田玄道のこと、準備はしっかりしているはずである。兵力が拮抗したところで勝てるとは限らない。

しかし曽根崎領が陥落すれば、次は風間領であることも充分考えられる。
ここは協力して当たるしかない。

さりとて屯田制は漸く軌道に乗ってきたばかり。
まだ訓練は足りていない。
騎馬隊を主とする武田軍に当たるにはどうしても熟練度が足りない。

(今はまだ早い……どうする)

仁は考えを巡らし、策を用いることを決めた。

「私に任せてもらおう。必ず戦を止めてみせる」


「なんだと? 風間の新領主から書状?」

玄道は陣中でその書状を受け取った。

「何を言って参ったのです?」
「会戦場所で会談の席を設けたいと言ってきおった」
「小賢しい策を弄してくるつもりでしょう」
「まあよい。新領主のお手並み拝見といこう」


2日後。開けた土地に天幕が立っている。
そこに曽根崎康正と武田玄道の姿があった。

「お待たせいたした!」

そこに槍と短弓を手に仁が現れる。
天幕の奥に槍を逆向きに突き立てると、言った。

「此度の戦、天が望むとは思えませぬ。私が今から天の意を試そうと思いまする」

仁は矢を一本だけ手にすると、続ける。

「この矢が見事、槍の穂先を射抜いたならば、この戦、天意に沿うものではございませぬ。双方軍をお引きくだされ」

「ふざけるな! なんの時間稼ぎだ!」

武田の将が声を荒げる。

「時間を稼いだところで意味の無いこと。全ては天意をはかる為でござる」

「この距離では容易く当たろう。百歩離れて射てはいかがかな」

玄道が意地悪く言う。

「もとよりそのつもりでござる」

仁はそのまま天幕を出ると、ずんずんと歩いて距離をとる。

「百歩離れ申した! これから射まする!」

的は槍の穂先。距離は百歩。通常は到底当たるものではない。
玄道は落ち着いている。かたや曽根崎康正は祈るように目を閉じている。

キリリ、と引き絞った弓が満月のように張り詰める。

(風は影響が無いほどでしかない。天幕へ飛び込むまでが勝負……!)

慎重に狙いを定め、ひょう、と射た。

矢は風を巻いて飛び、二人の間をすり抜けて槍の穂先に一直線。

リン! と音をたて、穂先に当たると、槍は地面から抜けて倒れた。

「ふ……ふわっはははは!」

玄道が剃髪した頭を打って笑い出した。

「見事な腕前じゃ! いや、天意であったな」

天幕に入ってきた仁に玄道が言う。

「天が望んでおらぬのなら致し方ない。引き上げるとしよう」

曽根崎康正がそれを聞いて安堵の笑みを浮かべる。

「では、また……いずれ」

玄道はそう言い残して去っていった。

「風間殿~! ありがとうござった~!」

武田玄道が見えなくなると、曽根崎康正が仁に飛びついてきた。

「曽根崎殿、天意ですよ、天意」

仁は康正をなだめながら言う。

「それにいずれまた武田玄道は兵を挙げるでしょう。そのときはこんな小細工は通じませぬ」
「むむむ……」
「軍備を急がねばならないかもしれませんな」

仁はそう言って武田玄道が去った方角を見据えた――

更新日:2021-11-14 05:31:44

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