• 13 / 17 ページ

第1部2章1節

 時が過ぎ、雪が舞い散るころになって、仁は領主代行の叔父と共に、
屋敷近くの高台へ上っていた。

「どうだ、ここなら広くが見渡せるであろう」
「はい」

 あの池のほとりほどではないが、屋敷からの距離、
馬で来られる場所というのはありがたい。

「こちらが霧島領、あっちが蔵王領――」
「こっちが曽根崎領、あちらが武田領ですね」
「うむ。よく学んでいるようじゃな」

 叔父は周囲の様子を見ると、少し声を潜めて言った。

「この中に我が領内に攻め込もうとしているものが居る。判るか」

 仁は言われて目を皿のようにして周囲を見る。

 やがてある結論に達すると、安堵のため息をついて言った。

「風間領に攻め込もうとしている者は居りません」

「ほほう、それは何故じゃ」

「見える炊煙が戦支度とは思えぬほど細い。また数もまばらです。
すぐに戦ということにはなりますまい」

「ふわっははは」

叔父はその答えを聞いて大笑した。

「よく見たな。それでこそ領主の器よ」
「恐縮です」
「よし、冷えてきたし戻って酒でもご馳走になろう」
「はい」

 2人は馬を返し、そのまま屋敷へと走らせた。


 2人を屋敷で待ち受けていたのは、門前での騒ぎだった。
「何事じゃ」
 叔父が声をかけると、門番と押し問答をしていた男が向き直る。
「新領主と勝負がしとうございます!」
「何じゃと?」
「この風間領は父上が7年かけて治めてきたもの。
それを嫡男だからと横から出てきた馬の骨にかっさらわれるなど
我慢ならん!」

「口を慎め軍(ぐん)! 仁殿は儂の見立てにも立派な領主足りえるぞ。
今日はそれを確かめに参ったのであって武芸を競いに来たわけではない!」
「なら、確かめましょうか」

 事も無げに言った仁は馬から下りると、軽く構えを取る。

「仁殿! 倅を駆りたてるような真似はおやめ下され!
軍! そなたも早く詫びを入れぬか!」
「父上、やってくれるというのだから丁度いいではありませんか」
 軍と呼ばれた男――まだ青年だ――は拳をぱんぱんと叩きながら
仁に向き直る。
「やめんか軍! 仁殿も! 何を熱くなっておられる!」

「軍殿、何でやる? 刀、槍、戟、棒、それとも素手がよいかな?」
「武器を使って傷つけては大変だからな。素手でやろう」
「よかろう」

 仁は突如足元から立ち上ったような気合を発すると、改めて構え直した。

 軍はその突然の気配に圧されつつ構えた。


 2人は暫時動かずにいた。

 仁は余裕のある表情で若干前屈みに構え、軍は腰の高い構えだ。

「軍殿。早しないと日が暮れてしまうぞ」
「――なめるな!」

 軍は右横蹴りから左前回し蹴り、さらに着地からの右前蹴りで攻撃。
 仁はそれを読んでいたかのように右横蹴りをかわして死角に入ると、
左前回し蹴りを同じように回転してかわし、
右前蹴りの軸足を背後から低空蹴りで刈った。

 軍は自分の体に何が起きたのか判らないまま地面に転がされていた。

「まだやるかい?」

 にっかり笑う仁に、軍は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「うおおおおおおお……!」

 傍から見たら滅茶苦茶に拳を振るい、仁に向かっていく。
(まるっきり当たらねぇ! こいつはこんな強かったか……!?)

 しばらくすると、軍は自分で体力を使いきり、地面に伸びていた。

「妖術使いかてめぇ……」
 そう問われて仁は苦笑すると、軍に手を差し出した。

 だが軍はその手を弾いた。
「敵の施しは受けねぇ……。
必ず、必ず帰ってきてぎゃふんと言わせてやるからな。待ってろよ!」
「楽しみにしてるよー」
 にこやかな仁に見送られて軍は去っていく。
「どこへ行く気だ軍!」
「武者修行だよ! 暫く帰らねえから!」
 叔父ははぁ、とため息をついた。
「叔父上、大丈夫ですよ」
 仁はさわやかな表情で軍の背を見送った。
「風間領に将来強い武将が一人、加わることになった瞬間ですからね」

更新日:2021-08-17 05:21:28

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook