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8月7日 語り人形の思い出

 ・・・こんばんは。よくおいでくださいました。
 では、その、昨日お話しした通り、私の小さい頃の話をしようと思います。なにぶん昔の、それも本当に幼い・・・小学生になる前の話ですから、記憶違いもあるでしょうし、そもそもあまり記憶が定かではない部分があるのですが・・・どうかお手柔らかにお願いします。あの子のことを誰かに話しておきたいのです。
 ・・・。はじめます。
 さて、私は幼い頃から祖母と二人で暮らしていました。はじめに住んでいたのが、カナモリというところ・・・この川を上って行った先にある、小さな町です。金色に森と書いて、金森。人は少なく、あまり栄えているとはいえませんが、とてもいいところですよ。先ほど申しました通り、小学生になる前まではそこに住んでおりました。
 その頃は同年代の子供もいませんでしたから、遊び相手はもっぱら人形でした。この子は祖母がどこかからもらってきたのだか、ずっと家にいたのだか・・・どういうわけで家にいたのか、もう記憶にありません。とにかく古い少女の人形でした。日本人形といわれて思い浮かべるような、黒く長い髪に着物の人形です。着物も黒かったように思います。黒地に何か花の模様が刺繍されていたような・・・たしか着せ替えることのできる人形だったと思いますが、私がやろうとすると嫌がるのでやりませんでした。
 あの子は二人きりになると喋りました。口が動かないのを不思議に思った記憶があるので、おそらくはテレパシーの類だったのでしょう。あの子は祖母の前ですら口を聞くことがなかったので、何か秘密を共有しているようでわくわくしたのを覚えています。
 ええ・・・生きていて不思議なものは時折見ますが、その一番はじめがあの子です。けれどその頃は小さかったせいか、人形が喋るのをあまり疑問にも思わず、素直に受け入れていたように思います。あの子自身も、自分がそう特別だと思ってはいないようでしたから。
 少女の人形でしたから、喋り方も少女らしいものだった・・・と、思いますが、はっきりしません。ただ、時々少年めいたあけすけな言葉で喋ることもあり、少し驚いたことは覚えています。ですから、普段はおとなしい喋り方だったのでしょう。なかなか中性的な子だったかもしれません。・・・もう、ずいぶん記憶がおぼろげですが。
 ・・・。
 着せ替えだけでなく、髪を梳かすのも嫌がられました。祖母もあの子をかわいがっておりましたから、髪を梳かしたり、着替え・・・たしか時折、祖母があの子のために着物を作るんですよ。それに着替えさせたり・・・。それで、私も祖母の真似事をして髪を梳かしたりしようとするのですが、毎回毎回叱られて。あの子によれば、私はずいぶん下手らしいのですよ。なので仕方なく、祖母がやるのをじっと見ていました。・・・人形ながら、生きているように綺麗でしたよ。髪が艶やかで。とても大切にしておりましたから。

更新日:2021-08-07 20:23:16

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