• 5 / 15 ページ

第3章

いったいジェマはどこに行ってしまったのだろうか?
急に思い出して彼女のところへ行かなければと思った。
するとルイスは家に帰ってきていてジェマの隣にいた。

ジェマは放心してソファーに座っていた。
ルイスは横に座って彼女の手を握った。
それから頬に触ってみた。
「ジェマ」と呼んだが何も反応がなかった。
彼女は泣きもせずただ前を見て動かなかった。

すると玄関のベルが鳴ってルイスはびくっとした。
ジェマははっとして夢から覚めたような様子だったが、ドアを開ける気力もないようだった。
ベルが何度も鳴りドアを叩く音がすると、ジェマはやっと立ち上がりドアへと向かった。
ドアを開けるとそこには深紅のバラの花束を持った若い男が立っていた。

「ジェマ・カーソンさんですね。ご結婚記念おめでとうごさいます。あなたを愛する人からのプレゼントですよ」

男はさも喜ばし気に言うと花束をジェマに手渡しサインを求めた。
ジェマは言われる通りサインをするとドアを閉めた。
彼女はしばらく花束を抱いたままドアに寄りかかっていたが、嗚咽がこみあげてきた。
深紅のバラは強い香りを放っていた。
それを見つめているうちに、ジェマは怒りがこみあげてくるのを止められなかった。

「何故?なぜあなたは死んでしまったのよ。何故急にいなくなってしまわなければならないの?なんでこんなひどいことを私にするの?こんなものでごまかさないでよ」

ジェマはバラの花束を床に投げつけた。
ルイスはなすすべもなく、ただ見えない手でジェマを抱きしめるばかりだった。

翌朝、大学の寮に入っている娘のホリーが、他の州から長距離バスに乗って帰ってきた。
何しろ殺人事件なので、ルイスの遺体は解剖や検査を必要とし、家族のもとに戻されるのに数日かかった。
葬式が終わるとホリーはしばらく母親のために家にいると言ったが、ジェマは反対して大学へ帰るようにと説得した。

「私は大丈夫。心配しなくていいのよ。あなたは私のために時間を無駄にしてはいけないわ。自分の人生をしっかり歩んで行ってちょうだい。きっとお父さんもそれを望んでいるに違いないから」

そしてルイスはまたジェマと家に二人きりになった。

次の日、この事件を調査しているサム・ケリー刑事がやってきて、犯人を捕まえたことを告げた。
駐車場のセキュリティーカメラが全てを録画していたのだ。
犯人は、現金は使ってしまい、時計は売って、クレジットカードからは5000ドル引き出したが、バッグについては何も金目のものが入っていなかったのでゴミ箱に捨てたと白状した。
その後警察はバッグを探したが見つからなかった。

ケリー刑事は一枚の写真を胸ポケットから取り出してジェマに聞いた。

「この男に見覚えはありませんか?」

ジェマは写真を手に取ると首を横に振ったが、それが夫を殺した男であることに気づくと震える手で突き返した。
横でその写真を見ていたルイスは、“こいつか”とやけに覚めていて、別に怒りも感じなかった。
それからケリー刑事はジェマにおかしな質問した。

「ご主人は何か会社内で問題があったとか、あるいは誰かと対立していたとか、そのようなことはありませんでしたか?」

ルイスはなぜそんなことを刑事が聞くのかと不思議に思った。

「実は会社側から、お宅のご主人が会社の極秘書類を持ち出して誰かと取引をするつもりだったという疑惑があるので調査をしてほしいと言ってきたのです」

“なんだって、そんな馬鹿なことがあるものか”
ルイスは叫んだがもちろん誰も聞いたものはいなかった。
何も知らないというジェマに、刑事は何か思い出したらすぐに知らせるようにとカードを置いて帰って行った。

更新日:2021-07-29 09:40:29

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook