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第2章

ルイスは自分になにが起こったかを思い出してみた。

その朝の食卓は窓から射しこむ光で金色に染まっていた。
テーブルには、太陽をかたどった目玉焼きとジュージュー音を立てているベーコンとカリカリのトースト、それに湯気の立つコーヒーが用意されていた。
ジェマはいつもルイスのために朝食を作ってくれる。
まあ妻なら当たり前のことと言えるかもしれないが、その朝ルイスは何か特別幸せな気持ちでいっぱいだった。
向き合って座っているジェマはコーヒーカップを両手で持ちながら何か楽しそうにおしゃべりしていた。
いったい何を言っているのかなと見上げると、朝陽がちょうど彼女の顔に当たり長い髪をきらきらと輝かせていた。
活き活きと楽しく愛にあふれたジェマ。
それがルイスが見た最後のジェマの姿だった。

「行ってくるよ、ハニー。今夜7時だね。忘れないよ、だいじょうぶ」
そう言ってルイスはドアを後ろ手に閉めた。

ルイスはある製薬会社のCEOだった。
製薬会社とは言っても主に自然のものを原料としたサプルメントを生産販売していた。
ルイスの父は裕福とは言えなかったが、息子を大学にやるだけの余裕は有ったので、ルイスは法律を学び弁護士になった。
初めはプロボノ弁護士でわずかな給料しかもらえない貧乏生活が続いたが、その時自分を支えてくれたのは妻のジェマだった。
彼女自身も科学研究所の助手をしていたので、二人の給料を合わせてやっと暮らしていけるほどのものでしかなかった。
だが、二人にはそれぞれの夢があり、毎日お互いに励まし合いながら、自分の夢に向かって進んでいた。

弁護士としてかなり評判も出てきたとき、ジェマの勤めていた研究所の所長に声をかけられた。
研究中の薬をマーケットに持ち込む話があって、その際の法律的な手続きをして欲しいということだった。

その薬とはジェマの説明によると、その当時流行っていた伝染病のワクチンによる副作用を緩和するとともに、ダメージを受けた臓器を修復するものであった。
ワクチンは試験的なもので安全性が確保されていなく、かなりの死者が出て後遺症に苦しむ人も多かった。
だからこのような薬が早急に必要であることは素人のルイスにも十分理解できたので引き受けることにした。
そして数年前に亡くなった父が僅かながら残してくれた遺産を、その薬の製作に役立たせられるならと投資して、彼も会社チームの一員となったのだ。

それまでもこのウィルスによる病気を治す薬が幾つかあったのにも関わらず、全て政府によって使用禁止されたという事実を大いに考慮しなければならなかった。
ルイスはじっくりと調査をして落ち度のない契約書を作った。
その結果、サプリメントということで政府は規制することができずに薬は民間に出回るようになり、ワクチン接種後病気になった人々も健康を取り戻すことができたのだ。

この事業によっていかに多くの人の命が救われたかは言うまでもない。
そしてあのパンデミックと言われた恐怖の時代は終わりを告げたのだ。

先代の社長が亡くなったのち、役員であったルイスが社長に推薦されてCEOとなったのである。
ルイスはやりがいのある仕事と豊かな生活を手に入れて、彼の人生は軌道に乗っていた。

だがそれが一瞬にして終わってしまったのだ。

更新日:2021-07-29 09:38:13

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