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トイレの神様
青野は活動的だ。いつでも動いて何かしている。僕の世話もよく焼くので、青野の側にいると、何もしていない自分が歯がゆく思えてくる。誰かに、お前も何かしろと言われている気がしてくる。けれど、青野の真似をして人の身代わりになんてなれないし、先生みたいな猛烈な人間には絶対なれそうもない。いや、なりたくない。
僕はどう生きていきたいのか。それを突きつけられている気がして仕方なかった。
今日は二人とも部活動が無い日なので、青野と僕はプールに行った。せっかく水泳部の無い日にプールに行くなど、我ながら狂態を表しているとは思ったけれど、泳ぐこと自体は僕は好きなのだ。
グリーンの水着が青野の白い肌に美しく映え、日本人とは違う細い胴や長い手脚に、僕は感嘆した。
「お前、綺麗なんだな。」
「へへへ、ありがとう。」
ここのプールは屋外で五十メートルあった。深さも大人向けなので、夏には快適だ。
「二十五メートルのほうは、下手するとちびっ子ばかりのしょんべんプールだからな。」
「自分も小さい頃してたんでしょ。」
「女子って、水着のとき、おしっこどうやるの?」
「あんた、そんなのばっかり。興味津々ね。やっぱり便器になりたい?」
「お前が振ってくるんじゃないか。ああ、こないだのこと思い出した。味まで思い出してきた。女子ってどうして・・・」
「そう考えるとトイレの神様ってすごいよね。」
「話の転換に負けた。参りました。僕はトイレの神様にはなれません。」
「トイレ掃除すると、お金持ちになれるんだって。」
「トイレの神様のクラブもあるの?」
「あたし、ほかのクラブ、ほとんど知らないんだよね。地蔵クラブだって、向こうからあたしのこと見つけてくれたの。」
「勧誘されたって言いなよ。」
「ちょっと違うな。まず、ほまれさんに会って、理科の動物のこと教わっている時、ジャータカの、ジャータカって知ってる? 仏教のお話ね。その、月の兎と虎の餌になった人の話で意気投合したの。偶然とは思えない。」
「なんだよ、僕の場合は、おしっこの話題で意気投合する人が来るわけ? 変態クラブだよ、それじゃ。」
「金蹴りしたい女性とか、されたい男性とかも本当にいるらしいよ。」
「悪魔だ。地蔵がいるんじゃ、悪魔もいるんだろうね。」
「だろうね。」
「深い方、行こうか。」
僕は青野の手を引っ張った。
水に浮いて空を眺める。上も下も青。そちこちから高く明るい声。遠い飛行機雲。鋭い日射し。隣には彼女。心は重かったけれど、幸せを僕は少しだけ感じた。
「なんか、もう、変態でもいい。何もできない自分が嫌になってきた。せめてお前の便器になりたい。こんな劣等感だらけの奴の身代わりになってくれる人もいるのかな。」
「心の取り替えはできないよ。自分じゃなくなっちゃう。あんた、トイレ掃除やれば? 女子トイレのさ。人の役にも立って一石二鳥じゃない。変態さんでも、あたしはあんたを見捨てたりしないから、安心しなさい。」
一つだけでも自分から行っている事があるのなら、世界は少し軽くなるだろう。そう考えたら、積極的に身代わりをする地蔵クラブの人にとって、案外世界は苦痛に満ちた重苦しい存在ではなく、魅力に溢れたものなのかも分からない。
僕はどう生きていきたいのか。それを突きつけられている気がして仕方なかった。
今日は二人とも部活動が無い日なので、青野と僕はプールに行った。せっかく水泳部の無い日にプールに行くなど、我ながら狂態を表しているとは思ったけれど、泳ぐこと自体は僕は好きなのだ。
グリーンの水着が青野の白い肌に美しく映え、日本人とは違う細い胴や長い手脚に、僕は感嘆した。
「お前、綺麗なんだな。」
「へへへ、ありがとう。」
ここのプールは屋外で五十メートルあった。深さも大人向けなので、夏には快適だ。
「二十五メートルのほうは、下手するとちびっ子ばかりのしょんべんプールだからな。」
「自分も小さい頃してたんでしょ。」
「女子って、水着のとき、おしっこどうやるの?」
「あんた、そんなのばっかり。興味津々ね。やっぱり便器になりたい?」
「お前が振ってくるんじゃないか。ああ、こないだのこと思い出した。味まで思い出してきた。女子ってどうして・・・」
「そう考えるとトイレの神様ってすごいよね。」
「話の転換に負けた。参りました。僕はトイレの神様にはなれません。」
「トイレ掃除すると、お金持ちになれるんだって。」
「トイレの神様のクラブもあるの?」
「あたし、ほかのクラブ、ほとんど知らないんだよね。地蔵クラブだって、向こうからあたしのこと見つけてくれたの。」
「勧誘されたって言いなよ。」
「ちょっと違うな。まず、ほまれさんに会って、理科の動物のこと教わっている時、ジャータカの、ジャータカって知ってる? 仏教のお話ね。その、月の兎と虎の餌になった人の話で意気投合したの。偶然とは思えない。」
「なんだよ、僕の場合は、おしっこの話題で意気投合する人が来るわけ? 変態クラブだよ、それじゃ。」
「金蹴りしたい女性とか、されたい男性とかも本当にいるらしいよ。」
「悪魔だ。地蔵がいるんじゃ、悪魔もいるんだろうね。」
「だろうね。」
「深い方、行こうか。」
僕は青野の手を引っ張った。
水に浮いて空を眺める。上も下も青。そちこちから高く明るい声。遠い飛行機雲。鋭い日射し。隣には彼女。心は重かったけれど、幸せを僕は少しだけ感じた。
「なんか、もう、変態でもいい。何もできない自分が嫌になってきた。せめてお前の便器になりたい。こんな劣等感だらけの奴の身代わりになってくれる人もいるのかな。」
「心の取り替えはできないよ。自分じゃなくなっちゃう。あんた、トイレ掃除やれば? 女子トイレのさ。人の役にも立って一石二鳥じゃない。変態さんでも、あたしはあんたを見捨てたりしないから、安心しなさい。」
一つだけでも自分から行っている事があるのなら、世界は少し軽くなるだろう。そう考えたら、積極的に身代わりをする地蔵クラブの人にとって、案外世界は苦痛に満ちた重苦しい存在ではなく、魅力に溢れたものなのかも分からない。
更新日:2021-06-06 09:29:58