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死ね

僕はこらえきれない何かを心に秘めたまま玄関に走った。

たぶん、ぽけっとにスマポはない。
だから、お姉ちゃんと同じことにはならないはず。






なんでだろう。

嫌になった。

逃げ出したくなった。

気持ち悪くなって。

面白くなくって。

だけど優しいのにイライラして。

でも、それを感じてるのは僕だけだって。

誰も、何も疑問を抱かない。

これが普通なんだって。

これが現代なんだって。

これが常識なんだって。

僕は…! 僕は壊れそうだ!!!!!!








ひたすら走る。

こんな夜中に誰も出歩かない。

リスクが高いからだ。

犯罪予備軍として逮捕されるかもしれない。

けれど、僕なら大丈夫。その心配はない…いや、それはない。

そうだ、僕はただの学生…親の庇護にあるべき存在…

そんなのが一人でフラフラしてたらそれもまずい…!







人目のつかない山にでも行こうと思った。

隣町でもいいけど、それもなんか嫌だった。

どこか、人のいないところがよかった。








必死に走っていたけど、頭の中ではどこを走るべきかは大体検討があったので、道に迷う場所ではなかった。

ここは公衆トイレ。

僕はその付近にあるベンチにでも座ろうとした。

目の前に見えたボローンが興味なさそうに、ただプロペラを回していた。

よほど変じゃなければ、あっちも反応しないはず…でも、自分は抜けださないと。








でも、どうやって?

逃げるのはいいけど、これからどうやって生きるの?

アルバイトなんてできる年齢じゃないし、誰も受け入れてくれない。

働く場所なんてない。

ましてや、今夜寝る場所もない。

誰もいないから、誰に襲われても何も言えない。

急に恐怖心が心と頭を ぎゅっ と締め付け、心臓の動悸が激しくなり、呼吸が難しくなり、頭が考えるのを拒否するように、血の鼓動が ドクンドクンドクン と高鳴りをする。

僕は死ぬしか…ないのか。







すると、途端に体が拒否反応を起こす。

そんなことはさせまいと、何かの機能が働いているように。

そして、目から涙が止まらなくなった。







どうして僕は…

どうして僕は死にたくないんだ。

普通でいいのに。
普通に生きてたらいいのに。

普通じゃなくたって、人それぞれだっていいのに。

どの言葉も、僕の体を貫通して、どこにも痕跡を残さない。
それこそ、それは言葉の銃弾で、撃たれたら死ぬように、言われたら頷かなくちゃいけない気持ちになる。

涙が、鼻水が止まらない。

ダメだ…死にたくない!

でも、死ぬしかない!

どれも選べないなら、死ぬ方がマシ…でも…!でも…!









頭を抱え込んでベンチで唸っていると、どこからか大人の男の人が現れた。

そして、僕の傍に座る。

「…」

とてつもなく嫌な予感がする。
思わず距離を取る。

もしかしたら殺される…誘拐されるかもしれない…

でも…死にたい僕は…動きたくない。

このまま殺してもらってもいい。
でも、できるなら優しく殺してほしい…

でも、もっとできることなら… できることなら…










「きみ、子どもだろ」

「………」

「安心しなさい…なんて言っても無駄だな。おじさん怪しいもんな」

カランカランと音がする。
ビール缶の音だろうか。

「いやぁ、ちょっと酔ってたから外に出かけたくなっただけだよ」

「…」

「いやぁー夜風が気持ちいいー」

夜が明るい気がした。

月は満月だった。

「きみ、早く帰りなよ お父さんとお母さんが心配するぞ

 てか、風邪ひくぞ 明日学校あるだろうに」

「放っておいて…」

そう、小さくつぶやいた。

おじさんはため息をふっと吹いた。

「じゃあ、放っておくから好きにしろ。

 俺は関係ないからな」

おじさんは立ち去ろうとした。

ざっざっざ と草を踏む音がする。

僕の考えは振り出しに戻った。







あの草の踏む音が近づいてきた。

「ほれ」

おじさんは自分の上着を僕にかぶせた。

「風邪だけはひくなよ」

僕は振り払おうとしたけど、既にそこにおじさんは見えなかった。

上着はあったかかく、それでいてちょっと臭い。タバコ臭い。

返すこともできず、そのままベンチにいることしかできなかった。







僕はあれから家に戻った。

たくさん怒られた。

そして、おじさんの上着から、その本人に返すあてを探そうとした。
けど、ただの通りすがりの人の上着…名前もないから誰のかもわからない。

僕はなぜか、いつか返さないといけない気がした。







あれからの日常はやはり気持ち悪くて、僕に合わない。

上滑りだけする人たちの、どこか薄気味悪さが消える日がない。

誰もがすり寄らずに平和に終わる世界。









「どうしたんだよA」

友人のBが言う。

「これ?…秘密だよ」

おじさんの上着を勝手に羽織ってる。

「タバコ臭いんだけど」

「なんかそれでもいい」

そんな気がした。

ー完ー

更新日:2021-03-23 20:30:00

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