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おりづる遊び
それから、Uさんの案で、
そこにあったざっしの、きれいなページを
やぶっておりがみのかわりにして、
つるをおるというあそびをしはじめた。
1羽つるをおったとき、
ふと、こんなことを考えた。
さっきおトイレにいったかえりに、
飛行機の中に外人さんが1人たっていて、
私がくると、うれしそうに頭をなでてくれた。
だから、その人につるをあげたらどうだろう。
そこで、2羽目のつるをおりおわると、
その人につるをあげて、
「my present.」と、英語で言った。
すると、その人は、
さっきよりもっとうれしそうに、
「oh, thank you!」と声をあげ、
私のしゃしんまで、とってくれた。
この外人さんは、たくさんの人数のグループと、
旅行しているらしく、
あとでそのグループのうち1人が、
私を自分の席へひっぱっていった。
そして、そこに外人さんが、
おりづるをおしえてくれ、というようなしぐさをした
ので、私が教えてあげると、
わりと手がきようだということがわかった。
またたく間に、私とその外人さんとは、
おびただしい量のつるをおりあげた。
そしてその間に、1人の外人の
小さなむすめさんと、お友達になった。
その名はセザンヌ。
長い飛行機の旅の後半は、
このセザンヌとあそんですごした。
だが、彼女には英語が通じず、
話すことができなかった。
だから、ほとんどジェスチャーで表すほかなかった。
だが、何のためにイタリアへ行くのかをきいたり、
こちらがしじゅうわらっていたためか、
みなが私達を気に入ってくれて、
そうじゅう室までみせてもらった。
と中、1度モスクワで、飛行機がおりたので、
私達はみな1人のこらず、それから出た。
が、モスクワの駅はがらんとして、人気がなかった。
そして、また飛行機にのってみると、
長い間たえたおかげで、
3時間がひどくみじかくおもえた。
―飛行機の中でたいくつしていたとき、
だんだん時差ぼけがおこりはじめた。
しばらくして、母が時計をみて、
「あら、まだ日本時間になってるわ。夜の3時ごろよ。」
といった時にはびっくりした。
どんな風に見ても、外は昼としか
考えられなかったからである。
そんなわけで、イタリアにやっとついた時には、
ねむくて、ねむくて、半分意識がなかった。
思えば、てつ夜だったのだから、むりもない。
ぼんやりと覚えていることは、
2人のおじさんがむかえに来てくれたこと、
その人たちが、思いもがけず、けいさつの人と、
旅行社の人で、しぼったばかりのジュースを
1ぱいおごってくれて、
とてもおもしろく、とくにけいさつの人は、
けいさつだとは考えられないほどゆかいだったこと、
トランクが、回るレールのようなものにのってきたようすも、
おもしろかったこと、などだけである。
そこ、ローマから、ボローニャまで。
また、小型の飛行機にのりかえて、
そこで3時間ほど、ぐったりとしていたため、
耳がいたくなってしまった。
ホテルにつくと、おふろにも入らずに、
すぐにねむってしまった。
ゆめもみなかった。
そこにあったざっしの、きれいなページを
やぶっておりがみのかわりにして、
つるをおるというあそびをしはじめた。
1羽つるをおったとき、
ふと、こんなことを考えた。
さっきおトイレにいったかえりに、
飛行機の中に外人さんが1人たっていて、
私がくると、うれしそうに頭をなでてくれた。
だから、その人につるをあげたらどうだろう。
そこで、2羽目のつるをおりおわると、
その人につるをあげて、
「my present.」と、英語で言った。
すると、その人は、
さっきよりもっとうれしそうに、
「oh, thank you!」と声をあげ、
私のしゃしんまで、とってくれた。
この外人さんは、たくさんの人数のグループと、
旅行しているらしく、
あとでそのグループのうち1人が、
私を自分の席へひっぱっていった。
そして、そこに外人さんが、
おりづるをおしえてくれ、というようなしぐさをした
ので、私が教えてあげると、
わりと手がきようだということがわかった。
またたく間に、私とその外人さんとは、
おびただしい量のつるをおりあげた。
そしてその間に、1人の外人の
小さなむすめさんと、お友達になった。
その名はセザンヌ。
長い飛行機の旅の後半は、
このセザンヌとあそんですごした。
だが、彼女には英語が通じず、
話すことができなかった。
だから、ほとんどジェスチャーで表すほかなかった。
だが、何のためにイタリアへ行くのかをきいたり、
こちらがしじゅうわらっていたためか、
みなが私達を気に入ってくれて、
そうじゅう室までみせてもらった。
と中、1度モスクワで、飛行機がおりたので、
私達はみな1人のこらず、それから出た。
が、モスクワの駅はがらんとして、人気がなかった。
そして、また飛行機にのってみると、
長い間たえたおかげで、
3時間がひどくみじかくおもえた。
―飛行機の中でたいくつしていたとき、
だんだん時差ぼけがおこりはじめた。
しばらくして、母が時計をみて、
「あら、まだ日本時間になってるわ。夜の3時ごろよ。」
といった時にはびっくりした。
どんな風に見ても、外は昼としか
考えられなかったからである。
そんなわけで、イタリアにやっとついた時には、
ねむくて、ねむくて、半分意識がなかった。
思えば、てつ夜だったのだから、むりもない。
ぼんやりと覚えていることは、
2人のおじさんがむかえに来てくれたこと、
その人たちが、思いもがけず、けいさつの人と、
旅行社の人で、しぼったばかりのジュースを
1ぱいおごってくれて、
とてもおもしろく、とくにけいさつの人は、
けいさつだとは考えられないほどゆかいだったこと、
トランクが、回るレールのようなものにのってきたようすも、
おもしろかったこと、などだけである。
そこ、ローマから、ボローニャまで。
また、小型の飛行機にのりかえて、
そこで3時間ほど、ぐったりとしていたため、
耳がいたくなってしまった。
ホテルにつくと、おふろにも入らずに、
すぐにねむってしまった。
ゆめもみなかった。
更新日:2021-03-21 09:15:45