• 8 / 40 ページ

6 読まれた気持ち

 夕方ごろから始まったパーティは夜遅くまで続いた。と言っても、空は光に包まれたままだから、夕焼けや暗くなるといった状況にはならない。
「大丈夫! あやかにも出来るから、ほらここで左足を回して、手をこうやって……」
「ふむふむ、なるほど! びなこさん、こんな感じですか!?」
「おお~! うまい! うまい!」
「えーと、あの~、その~、こうやって……こうだ!」
「ちゃんちー、手が変な方向に曲がってるよ……」
 広場の中央のほうに視線を移すと、ご飯を食べ終えたあやかたちがビーステップダンスをしていた。あやかがびなこさんに、ちーちゃんが牧さんにそれぞれ教えてもらっている。他のみんなも輪になって、流れている曲のリズムに乗って踊っていた。 
「やれやれ、あれほど訓練を続けた後で、よくもあんなに馬鹿騒ぎ出来るもんだ」
 背後から声が聞こえてきて後ろに振り返る。誰なのがすぐにわかった。
 エメトセルク。オリジナルのアシエンの一人。世界統合を目的にしている彼と私たちは本来敵対する立場にある。けれど、エメトセルク本人は戦う気が全く無く、停戦を申し出てきた。
『お前たちの力がどれだけ成長するのか、興味が出てきた。もちろん邪魔はしないし、私のことは空気が何かだと思っていてくれ。たまに話しかけるかもしれんがな』
 当然、私たちは何を企んでいるのかわからないエメトセルクを警戒していた。けれど、彼は全くと言っていいほど戦う素振りを見せず、ほとんどの時間を木の上でくつろいでいるだけだった。
 そもそも神出鬼没のアシエンを常に監視することは出来ないので、結果的に彼のことは放ったらかしになっていた。
「何か用?」
 強めの口調でそう言ったけど、エメトセルクはたいして気にしていないようだった。
「ただの退屈しのぎだ。木の上でずっと寝ているだけなのも暇でね。勝手に観察してるだけだから、お前たちはこれからも気にせず、自由気ままに訓練とやらに励むといいさ」
 そう言うと、エメトセルクは遠くで踊っているあやかたちのほうを見た。
「こうして見ていると、どの世界でも人が集まって賑やかになるのは変わらないな。種族、主義、思想、価値観。それぞれ異なるはずなのに、共に寄り添い合い、手を差し伸べ、助け合い、力をつけている。このまま順調に行けば、大罪喰いの一体や二体は倒すことが出来るかもしれないな」
「……」
 表情を変えずにエメトセルクを見ていると、彼は呆れたような表情をした。
「何だ、その顔は? ガレマール帝国の初代皇帝を演じたこの私が、わざわざ評価してやってるんだ。光栄に思えよ。それにしても、あの娘の曇りのない瞳、皆の心を豊かにする人柄、まるでどこかの誰かにそっくりだ。お人好しで、何をするにも真っ直ぐで、面倒事ばかり引き込んで心配させる。全く……姿形は変わっても飽きないやつだ」
 そう言いながら、あやかのほうを見つめるエメトセルクは何だか嬉しいような、寂しいような複雑な感情の混じった顔をしていた。
 やがて、私の方を見ると、元の表情に戻った。
「今のは忘れてくれ、ただの独り言だ。それよりも、お前はどうなんだ? 」
「私?」
 聞き返すと、エメトセルクはやれやれと言った具合に肩をすくめた。
「言葉にしなくても顔に出てるぞ。胸の内にある不安がな。私にその気持ちを向けられても困る。その気持ちを伝える相手は他にいるだろう。そんな不安を抱えたままで、これから挑むであろう大罪喰いとの戦いを切り抜けられるとは到底思えないな」
「……」
「ああ、厭だ、厭だ。他人のおせっかいはいつの時代でも面倒だ。ま、せいぜい、頑張ることだな」
 そう言いながら、エメトセルクは手を振りながら歩き去っていった。
「……」
 顔に出ていた……上手く隠していたつもりなのに。アシエンには何でもお見通なのだろうか。何だか悔しい気分だけど、エメトセルクの言う通りだった。
 私は不安だった。このまま先生との訓練が順調に進んで、そして大罪喰いとの戦いに参加して……。
 あの時のように、目の前であやかが傷つくのを怖がっていた。

更新日:2021-02-03 19:35:12

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook