• 作品を探す:

小説

携帯でもPCでも書ける!

  • 2 / 3 ページ

甘い誘惑

「おや、今日も来ないかと思ってたよ」

 ヒナイチは夜も終わる頃に事務所にやってきた。

「仕事が忙しかったのかい? 今日のおやつはブラウニーだよ」
「いや、いらない」

 ざわっ、と動揺が広がる。
 室内には彼女の他にドラルクとジョンしか居なかったが、それでも部屋の空気がゆらぐには充分だった。

「……お腹すいてないのかな。クッキーもあるから、持っていくといいよ」
「ありがとう、気持ちだけもらっておく」

 その言葉にドラルクは動きを止め、ジョンはオロオロし始める。

「大丈夫? 熱でもあるんじゃないか?」

 ひやりとした手が額に当てられて、ヒナイチは慌てたように体を引いた。

「だ、大丈夫だ! おやつを断っただけだろう!」
「だから心配なんだ。君がクッキーを食べないなんて」

 ジョンも匂いを嗅いで本人か確かめようとしている。

「そもそも、いつも馳走になっているのがおかしいんだ。私は公務員でお前は利害関係がある相手、ヘタすれば収賄と受け取られかねない」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって…」
「ここに来ているのは上に報告しているんだろう」
「もちろんだ」
「おやつを食べているのだって知らないわけでもあるまい」
「ああ」
「それなら何の問題もないじゃないか」
「しかし……」

 彼女の方は「問題だ」と考えているようだ。

「じゃあ、お茶ぐらいはどうだい。せっかく来てくれたんだし」

 促されてヒナイチはやっとイスに座った。目の前に紅茶が置かれ、クッキーも添えられる。

「ちょっとしたお茶請けぐらいはいいんじゃないかな」
「……いや、結構だ」

 決意は固い。

「そうか。じゃ、ジョン食べる?」
「ヌー!」
「あっ」

 ジョンが口に入れるのを見てつい声が出てしまったが、ヒナイチは空咳をして身を正す。

「そういえばブラウニーもヒナイチ君が食べないなら余ってしまうなあ」

 皿に盛られたソレを、見せつけるようにしてテーブルに置く。

「本当にいらないの?」

 凝視していたヒナイチは、ハッとして顔を反らす。

「ジョン食べるかい?」
「ヌー!!」

 目の前でそれはそれは美味しそうに食べているのを、ヒナイチはヨダレを垂らさんばかりに見つめていた。
 ドラルクは困ったように笑うとキッチンへ向かう。物音にヒナイチが顔を上げると、やがて何かが焼ける音とともに甘い香りが広がる。

「ヌッヌヌーヌ!」

 テーブルには丸い皿にふんわりと丸く収まった、茶色い幸せの形がある。バターを載せると見る間に溶け出す。

「ハチミツでよかったかな?」

 黄金色の液体がとろり、と落ちて広がる。
 ヒナイチはゴクリ、と唾を飲み込んだ。

「どうぞ」

 ヒナイチは泣きそうな顔で目の前のホットケーキとドラルクを交互に見た。

「そうか、じゃあジョン、」
「ああっ」

 反射的に声が出る。
 ジョンの前に移動しかけた皿を、もう一度彼女の前に置いた。

「どうぞ」

 ニッコリと笑って勧める。
 甘い香りに包まれた焼きたてのホットケーキに勝てるものなどあるだろうか。ヒナイチはフォークを取って一口食べる。バターたっぷり、ハチミツたっぷりだ。
 そうなると止まらない。一心不乱に口に入れる。美味しくて美味しくて、泣き出しそうだった。

更新日:2021-02-15 17:08:27

【二次創作・吸死】ドラヒナ短編