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サレドイ
目が覚めると、煌びやかな寝室のベッドにいた。
正方形の、刺繍を散らした天蓋を見上げたまま、僕は体がちっとも動かないことにうんざりしていた。
しばらくして、手足にじんわりと痺れるような感覚が戻ってきた。
正座の後でふくらはぎの感覚がなくなっていくのと似ている。
ずいぶん長く眠っていたのかもしれない。
今は何時だ。
つーか、ここどこだよ。
節々の痛みに呻きながら体を起こし、部屋の隅々まで視線を巡らせる。
厚手の、おそらくこの世界では最高品質のパジャマを着せられている。
誰かに助けられたのだろうか。
まさか、僕を勇者として渋々ながら認定してくれた、レオナ王国のお城の一室?
だとしたら、猛烈に恥づかしいことになる。
僕には、アギロマを倒してからの記憶が全くない。
倒した、というより、倒したつもりでいた。
だけどあいつはピンピンしていたし、意識がふっとぶ直前、至近距離から魔法を撃たれたような気がする。
もしかして、あのあと僕も石像コレクションのひとつとして城の片隅に放置されていたとか?
だとしたら、誰かが魔王を倒して、僕は他の石像もろとも救出されたのだろうか。
想像しただけで、こわばった手足が引きつけを起こす。
思い出の中にいるドットで描かれた国王様の嘆きが再生される。
――おお、ジノンよ、石にされてしまうとは情けない!
部屋の隅には薪ストーブがあり、今は燃料が尽きたのかひんやりと静かだ。
そのすぐ近くに古びた藤編みの椅子があり、誰かがひざ掛けに包まって眠り込んでいた。
背もたれ越しに、黒い禿げ頭が見える。
地蔵さまというよりも、地面から掘り出したばかりの里いもみたいだ。
僕を助けてくれた人か、それともお偉い様から僕の世話をいいつかった小間使いか。
お礼を言うべきか、起こしてしまうのは失礼かと悩みなやんで、とりあえずここがどこかを訊いてみようと椅子に近づいた。
足が止まった。
それは確かに背の低い老人だった。
いや、もしかしたら、そう見えるだけで実際は、若い個体なのかもしれない。
そいつは、小鬼族の中でも上から三番目の強さを誇るダークゴブリンだった。
声をかける気は完全に消え失せ、出口を探す気に替わっていた。
景色は、王族か貴族の寝室そのものだ。
その中にしわくちゃの魔族がまぎれこんでいるなんて!
もしかして、僕が眠っている間に、この屋敷にも魔族が侵攻してきているのか。
ここにいるゴブリンは、僕を見張っているつもりが一緒に寝てしまったお馬鹿さんだろうか?
とにかく、外の様子を調べなければ。
僕が眠っていた部屋は曲がり角の奥の部屋だったらしい。
部屋を出るなり右手の廊下が騒がしくなり、僕は左手の廊下へと逃げ込んだ。
コウモリのような金切り声を上げているのは、ブラッドゴブリンの一行だ。木の荷車みたいなものを押して、僕がいた部屋へと飛び込んでいく。
間一髪だった。
あのまま部屋でのんびりしていたら、小鬼族の上から二番目の実力を持つ真っ赤な小鬼たちに袋叩きにされていただろう。
ここにきて、縛りプレイの落とし穴が見えてきた。
当たり前だが、低レベルでRPGをクリアするには、事前準備が不可欠だ。
物語はぜんぶ分かっている前提だし、どのタイミングでどんな魔族と戦うか、イベントが起きる条件もなにもかも把握して、そこから作戦を立てていく。
あのチート魔法さえあれば、どんな魔物も倒せるし、足止めして逃げることも容易いが、魔法を発動させるには専用アイテムが必要だ。
こんなシナリオは聞いていないし、ろくな装備もないのに、上級魔族がうろついている屋敷をどうやって散策しろというんだ!
理不尽な展開に泣きそうなのと、緊張で吐きそうなのとをなんとかこらえ、僕は裸足パジャマの恰好で洒落た屋敷の廊下をひた走った。
イバラの意匠を施した鉄格子の向こうには広大な中庭が広がり、奥には霧に隠れた西洋風のお城が見えている。
今まで旅してきた中で、あんな城を持つ国があったっけ?
背後でまた騒がしい声がして、僕は飛びあがった。
おおかた、さっきのブラッドゴブリンたちだろう。
廊下の先は行き止まりで、庭へ抜けるための小さな柵が開けっ放しになっている。
追い立てられるように庭へ飛び出すと、浅く刈り込まれた芝生が足の裏を執拗に刺してきた。
突き抜けるように青い庭園の空を、無数のドラゴンが悠然と翼を広げて横切っていく。
悲鳴を上げそうになるのをなんとかこらえ、目の前に広がっているバラ園の茂みに飛び込んで身を隠した。
飛び込んですぐに後悔した。
茂みに咲いた青いバラは僕の顔ほど大きく、シロップみたいに甘い香りを放っていた。
強烈な眠気に襲われ、僕は茂みの中に四肢を投げ出し倒れた。
目が覚めると、煌びやかな寝室のベッドにいた。
正方形の、刺繍を散らした天蓋を見上げたまま、僕は体がちっとも動かないことにうんざりしていた。
しばらくして、手足にじんわりと痺れるような感覚が戻ってきた。
正座の後でふくらはぎの感覚がなくなっていくのと似ている。
ずいぶん長く眠っていたのかもしれない。
今は何時だ。
つーか、ここどこだよ。
節々の痛みに呻きながら体を起こし、部屋の隅々まで視線を巡らせる。
厚手の、おそらくこの世界では最高品質のパジャマを着せられている。
誰かに助けられたのだろうか。
まさか、僕を勇者として渋々ながら認定してくれた、レオナ王国のお城の一室?
だとしたら、猛烈に恥づかしいことになる。
僕には、アギロマを倒してからの記憶が全くない。
倒した、というより、倒したつもりでいた。
だけどあいつはピンピンしていたし、意識がふっとぶ直前、至近距離から魔法を撃たれたような気がする。
もしかして、あのあと僕も石像コレクションのひとつとして城の片隅に放置されていたとか?
だとしたら、誰かが魔王を倒して、僕は他の石像もろとも救出されたのだろうか。
想像しただけで、こわばった手足が引きつけを起こす。
思い出の中にいるドットで描かれた国王様の嘆きが再生される。
――おお、ジノンよ、石にされてしまうとは情けない!
部屋の隅には薪ストーブがあり、今は燃料が尽きたのかひんやりと静かだ。
そのすぐ近くに古びた藤編みの椅子があり、誰かがひざ掛けに包まって眠り込んでいた。
背もたれ越しに、黒い禿げ頭が見える。
地蔵さまというよりも、地面から掘り出したばかりの里いもみたいだ。
僕を助けてくれた人か、それともお偉い様から僕の世話をいいつかった小間使いか。
お礼を言うべきか、起こしてしまうのは失礼かと悩みなやんで、とりあえずここがどこかを訊いてみようと椅子に近づいた。
足が止まった。
それは確かに背の低い老人だった。
いや、もしかしたら、そう見えるだけで実際は、若い個体なのかもしれない。
そいつは、小鬼族の中でも上から三番目の強さを誇るダークゴブリンだった。
声をかける気は完全に消え失せ、出口を探す気に替わっていた。
景色は、王族か貴族の寝室そのものだ。
その中にしわくちゃの魔族がまぎれこんでいるなんて!
もしかして、僕が眠っている間に、この屋敷にも魔族が侵攻してきているのか。
ここにいるゴブリンは、僕を見張っているつもりが一緒に寝てしまったお馬鹿さんだろうか?
とにかく、外の様子を調べなければ。
僕が眠っていた部屋は曲がり角の奥の部屋だったらしい。
部屋を出るなり右手の廊下が騒がしくなり、僕は左手の廊下へと逃げ込んだ。
コウモリのような金切り声を上げているのは、ブラッドゴブリンの一行だ。木の荷車みたいなものを押して、僕がいた部屋へと飛び込んでいく。
間一髪だった。
あのまま部屋でのんびりしていたら、小鬼族の上から二番目の実力を持つ真っ赤な小鬼たちに袋叩きにされていただろう。
ここにきて、縛りプレイの落とし穴が見えてきた。
当たり前だが、低レベルでRPGをクリアするには、事前準備が不可欠だ。
物語はぜんぶ分かっている前提だし、どのタイミングでどんな魔族と戦うか、イベントが起きる条件もなにもかも把握して、そこから作戦を立てていく。
あのチート魔法さえあれば、どんな魔物も倒せるし、足止めして逃げることも容易いが、魔法を発動させるには専用アイテムが必要だ。
こんなシナリオは聞いていないし、ろくな装備もないのに、上級魔族がうろついている屋敷をどうやって散策しろというんだ!
理不尽な展開に泣きそうなのと、緊張で吐きそうなのとをなんとかこらえ、僕は裸足パジャマの恰好で洒落た屋敷の廊下をひた走った。
イバラの意匠を施した鉄格子の向こうには広大な中庭が広がり、奥には霧に隠れた西洋風のお城が見えている。
今まで旅してきた中で、あんな城を持つ国があったっけ?
背後でまた騒がしい声がして、僕は飛びあがった。
おおかた、さっきのブラッドゴブリンたちだろう。
廊下の先は行き止まりで、庭へ抜けるための小さな柵が開けっ放しになっている。
追い立てられるように庭へ飛び出すと、浅く刈り込まれた芝生が足の裏を執拗に刺してきた。
突き抜けるように青い庭園の空を、無数のドラゴンが悠然と翼を広げて横切っていく。
悲鳴を上げそうになるのをなんとかこらえ、目の前に広がっているバラ園の茂みに飛び込んで身を隠した。
飛び込んですぐに後悔した。
茂みに咲いた青いバラは僕の顔ほど大きく、シロップみたいに甘い香りを放っていた。
強烈な眠気に襲われ、僕は茂みの中に四肢を投げ出し倒れた。
更新日:2020-11-13 22:47:11