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終末の悪魔 1
「ええ、行きますとも。あなたの行くところなら、どこへだって」
どこでもない、いつでもない部屋の中で、私は終末を待っている。部屋は無駄に装飾の凝った、気取ったロココ趣味。その真ん中で、私は椅子に腰掛けて、テーブルを挟んだ向かいに座る相手を見つめていた。
それは悪魔。見た目はほとんど人間だけれど、唯一、するりと伸びる黒い尻尾だけが彼が人でないものだと告げている。悪魔といっても人に危害を加えることはなく、人の願いを叶える、ただそれだけの存在、らしい。少なくとも、本人はそう言っている。
その言葉をまるっきり信じていいのかどうかは知らないけれど、実際、私は願いを叶えてもらった。この部屋も、三つ目の願いの結果。居場所を捨てた私が新しい居場所を願って作らせた、時間と空間の隙間にある孤独な世界。
悪魔は椅子を窓の方へ向けて、外に浮かべた景色を楽しげに眺めている。ここからは見えないが、きっとゆっくりと尻尾を揺らしているのだろう。窓の外を見ているときはいつもそう。どうやらそれが気分のいいときの癖のようだった。
窓の外には本来何もないはずだけれど、この部屋の主人、つまり私と悪魔には窓の外の景色を決めることができるらしい。私はまだ試したことがないからよくわからない。悪魔はその力を使って、窓の外に夕暮れの空を広げている。どことなく陰気で、退屈で、憂鬱な、暗いオレンジの空。雨雲はないのに、なぜか泣いているような印象を受ける空。何かが終わっていく寂しさと諦めを連想させる空。
私はあんまり、この空が好きじゃない。それでも、私には見たい景色なんてないし、悪魔はこの空がお気に入りだから、窓の外はいつでも嫌な夕暮れ。どうせならもっと綺麗な夕焼け空にすればいいのに。
「ねえ」
声をかけると悪魔はこっちを向いた。いつも通りの微笑。悪魔の口元から笑みが消えるのを私はまだ見たことがない。たぶん、何が起きても平然と笑っているのだろう、と想像しながら、その顔を見つめた。
べつに、用事があって話しかけたわけじゃない。自分でも知らないうちに声が出てしまっただけ。そんなことはわかっているらしく、悪魔は何も言わずにちょっと首を傾けてみせた。その目が、わかっていますよ、とばかりに細められる。
「外に行ってくるわ」
なんとなく悔しいから言葉を続けようとしたけれど、思いついたのはそれだけ。
「それはそれは。それで、いつものように私はここで留守番なのでしょうね」
「不満?」
「いえ、あなたのおっしゃることに不満なんて、ちーっとも」
そう言って悪魔はにっこりと笑った。作り笑いのようにも、心からの親愛の表情のようにも見える。ただの人間だった私には、その本心を見透かすことなんて到底できないのだろう。
「何度も言わせないで。下手な嘘は嫌いよ」
「あなたに嘘はつきませんと、私も何度も言いましたよ」
それを無視して、私は扉の前まで歩いた。窓の外と同じように、扉の外も自由に決められる。行きたい場所と時間を思い浮かべながら、私は扉を開いた。
どこでもない、いつでもない部屋の中で、私は終末を待っている。部屋は無駄に装飾の凝った、気取ったロココ趣味。その真ん中で、私は椅子に腰掛けて、テーブルを挟んだ向かいに座る相手を見つめていた。
それは悪魔。見た目はほとんど人間だけれど、唯一、するりと伸びる黒い尻尾だけが彼が人でないものだと告げている。悪魔といっても人に危害を加えることはなく、人の願いを叶える、ただそれだけの存在、らしい。少なくとも、本人はそう言っている。
その言葉をまるっきり信じていいのかどうかは知らないけれど、実際、私は願いを叶えてもらった。この部屋も、三つ目の願いの結果。居場所を捨てた私が新しい居場所を願って作らせた、時間と空間の隙間にある孤独な世界。
悪魔は椅子を窓の方へ向けて、外に浮かべた景色を楽しげに眺めている。ここからは見えないが、きっとゆっくりと尻尾を揺らしているのだろう。窓の外を見ているときはいつもそう。どうやらそれが気分のいいときの癖のようだった。
窓の外には本来何もないはずだけれど、この部屋の主人、つまり私と悪魔には窓の外の景色を決めることができるらしい。私はまだ試したことがないからよくわからない。悪魔はその力を使って、窓の外に夕暮れの空を広げている。どことなく陰気で、退屈で、憂鬱な、暗いオレンジの空。雨雲はないのに、なぜか泣いているような印象を受ける空。何かが終わっていく寂しさと諦めを連想させる空。
私はあんまり、この空が好きじゃない。それでも、私には見たい景色なんてないし、悪魔はこの空がお気に入りだから、窓の外はいつでも嫌な夕暮れ。どうせならもっと綺麗な夕焼け空にすればいいのに。
「ねえ」
声をかけると悪魔はこっちを向いた。いつも通りの微笑。悪魔の口元から笑みが消えるのを私はまだ見たことがない。たぶん、何が起きても平然と笑っているのだろう、と想像しながら、その顔を見つめた。
べつに、用事があって話しかけたわけじゃない。自分でも知らないうちに声が出てしまっただけ。そんなことはわかっているらしく、悪魔は何も言わずにちょっと首を傾けてみせた。その目が、わかっていますよ、とばかりに細められる。
「外に行ってくるわ」
なんとなく悔しいから言葉を続けようとしたけれど、思いついたのはそれだけ。
「それはそれは。それで、いつものように私はここで留守番なのでしょうね」
「不満?」
「いえ、あなたのおっしゃることに不満なんて、ちーっとも」
そう言って悪魔はにっこりと笑った。作り笑いのようにも、心からの親愛の表情のようにも見える。ただの人間だった私には、その本心を見透かすことなんて到底できないのだろう。
「何度も言わせないで。下手な嘘は嫌いよ」
「あなたに嘘はつきませんと、私も何度も言いましたよ」
それを無視して、私は扉の前まで歩いた。窓の外と同じように、扉の外も自由に決められる。行きたい場所と時間を思い浮かべながら、私は扉を開いた。
更新日:2020-09-11 20:15:23