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 それからさらに二、三日して、本当に悪魔はまた現れるのかと少し不安になった頃。例によって家に帰りたくなくなって、私は公園のベンチに腰掛けていた。なんだか悪魔と話していたことがずっと昔のことのように思えて、早く戻って来ないのかしら、なんて考える。ちょっとため息をつくと、妙に虚しいような寂しいような気分になった。
 その瞬間、それを待っていたかのように声がした。
「こんにちは、お嬢さん」
 はっとしてそっちを見れば、当然のように悪魔がいる。初めて会った日と同じようにいつのまにか、まるで昨日までずっと毎日会っていたような態度で。
「待ってたのよ」
 考える前に言葉が口をついて出る。
「そうですか?」
 悪魔は穏やかに言って、例の微笑を浮かべた。とぼけているのか、本当に私が待っていたなんて思わなかったのか、それとも、そんなことはないだろうと言いたいのか。悪魔の考えていることは、よくわからない。
「なんでもいいけど、願いごと、ちゃんと考えたのよ」
「それはそれは」
 悪魔は私に手を差し伸べて問いかける。
「お聞かせください、あなたの願いはなんですか?」
「あなたにできるかわからないけれど」
 言いながら悪魔の手をとった途端、なんとなく安心感を覚えた。温かい。握り返される感触がなんだかしっくりくる。パズルのピースが当てはまるような、あるべき場所の感覚。
 このまま離したくないくらい、とまで考えかけて、我に返る。これも見透かされてるのかしら、なんて思いながら、手を引っ込めて続けた。
「私、人間じゃないものになりたいの」
「と、言いますと?」
 軽く首をかしげる悪魔。促されるまま、不思議とすらすら言葉が出てくる。
「考えたの。あなたに頼りっぱなしはごめんだから、私がなんでもできるようになるの。あなたと同じ悪魔も考えたけど、人の願いを叶える、なんて都合のいい存在は嫌だもの。もっと違うものになるわ」
 そこで一度切って悪魔の顔を見つめた。挑戦状でも叩きつけるかのような気分。私の考えがわかる?あなたにそれが叶えられる?
 視線の先の悪魔はほんの少し目を細めた、ように見えた。なんとなく意味ありげな表情に思えるのは、私の気持ちのせいかしら。ちょっと心が揺れるけれど、一度息を吸って、願いを口にした。
「私を神様にしてよ」
 悪魔は特に驚く様子も見せず、にまにまと面白がるような顔をする。
「それはけっこうなことで。しかしですね」
「なあに、できないの」
 軽くあしらわれた感じに苛立ち、トゲのある口調で返した。考えてみれば我ながらずいぶん子供っぽい振る舞いをしたものだ。そんな私に悪魔は笑いかけ、すっと立ち上がり両手を軽く広げて言う。
「できますとも。あなたの願いですから。けれど、もう少しばかり時間をとりましょう。明日になっても心変わりがなければ叶えます。大きなことですからね、慎重に」
「どうせ変わらないわ」
 まだムスッとしながら言うと、悪魔は一層楽しげな、自分は知っているというような顔をしてくすりと笑った。
「まあ、運命がどう動くかですよ。一度お待ちいただければきっとあなたにもわかります」
 どういうことよ、と口にする前に、伸びてきた悪魔の尻尾が視界に入り、ゆらりと薄らいで消えていった。
「それでは、よい一日を」
 相変わらずの気取った態度で手を振り、悪魔はそれっきり私の方をまったく気にしないように去っていった。じっとその背中を見つめながら、頭を重く感じる。まるでそこに余計なものが満ちているよう。それらは私に思考を許さず、私は悪魔の姿が見えなくなってもしばらく座ったまま、代わりに目に映った憂鬱な空をただぼんやりと眺めていた。

更新日:2020-10-27 20:30:59

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