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それは猫が住む不思議なアパート

 青梅街道沿いで、大きな池がある緑あふれる公園近くの地下鉄駅に麻衣子は下りた。駅近くのマンションの1階の小さな不動産屋の前に立ち、ガラスに貼られている物件をみた。

「こんにちは、ネットでこの近くの2物件を見に来たのですが他にありますか?」

不動産屋は50才代の女性だ。

「貴方が住む所?それとも……」

「住みたいのは私です。夫が交通事故で亡くなったので1人で暮らす部屋を捜しています。」

「ああそう。」

不動産屋はファイルを出した。

「真面目そうだし、30代かしら?」

「いいえ、45歳です。」

「お仕事は?」

「亡くなった夫が銀行員でした。転勤が多くて……結婚する前は私も銀行員です。」

「あら銀行員だったの?どこの銀行?」

「〇〇銀行です。」

「じゃあ安心して良さそうね。銀行員なら口も堅いでしょう。貴方は運がいい!話し好きの大家さんでも大丈夫?ネットに出してなくて、表にも貼っていないけれど、安くていい物件があるのよ。でも木造アパート1階。」

「木造ですか。お風呂は?」

「お風呂付よ。しかもトイレ別。昔の建て方だから間取りも広くて、公園沿いで静かだし、大家さんの家が隣で庭も見えるわ。2階建てで、4室しかないアパート。3室は入居中。入居者が男性ばかりだから、大家さんが話し相手が欲しくて、次は女性がイイと指定されている。若過ぎてもダメ出し、もう半年も空いたまま。家賃は安いわよ。月6万3千円。ここらへんだとあの広さだと7,8万だから格安。」

 麻衣子は不動産屋とそのアパートを見に行った。

「近道だから公園中を通るけれど、夜の公園はダメよ。カップルが多くて、それを覗く人も居て危険だからね。教会の前の道を通るといいよ。帰りはその道を帰るから。」

 隣に住む大家さんと面会し、家に上がりお茶をいただいた。こたつに入りミカンを食べ、親戚の家に来ている気がした。不動産屋が言った言葉が決め手になった。

「ご主人を亡くした後だとこういう所が良いわ。1人暮らしは寂しいだろうから。」

 大家さんから面白い情報を聞いた。アパート1階の隣りの部屋は油絵を描く画家が住み、2階はギターを弾く音楽家が2部屋借りているそうだ。

夏は油絵の具の匂いする時もあるが文句を言わないで欲しいのと、夜中に小さな音だがギターの音がする時あることを了承して欲しいと言われた。

大家さんが芸術家を応援したいからだそうだ。麻衣子が芸術家なら3千円引くと言われ、麻衣子は短歌を専門誌に投稿をしていたので、それを告げたら3千円引いてくれることいなり、月6万円で借りることになった。

3千円を引くのにもう1つ、前の住人が猫を飼っていたが置いていったそうで、猫が勝手にその部屋に住み、今も風呂場で寝ることがあるがそれも了承して欲しいと言われた。猫が好きな麻衣子は了承し、そのアパートに決めた。

 1週間後、麻衣子は引っ越してきた。荷物は宅配便で8個の段ボールだった。家具などは夫を思い出すのが辛いからと田舎に送ったそうだ。

夜になると大家さんが言っていた通りギターの音が聞こえてきた。2階からのギターの音色はだいたい夜中に始まるのだがかすかに聞こえる程度で子守唄に思えるほど心地よかった。

 麻衣子の隣りの画家は部屋に居るか居ないか分からないが、時々明かりがついていた。後姿を見る程度だった。

 1つ問題があった。猫が風呂を占拠していた。半年誰も住んでいないと聞いたが、大家さんが猫のエサをこの部屋で上げていたようであった。

猫は風呂場に置かれた段ボールに住んでいた。猫は風呂の窓から出入りし、麻衣子の顔をみてニャオと挨拶した。先の住人である猫をどかすことができず、段ボールを新しく取り替え、中に猫用マットレスを買ってきて置いた。そして麻衣子は近所の銭湯に行くことにした。

 麻衣子は不動産屋の紹介で仕事が決まった。青梅街道沿いにある税理士事務所である。給与はあまり高くないがずっと働ける職場に安堵した。

更新日:2021-04-01 19:59:03

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それは不思議なアパート~猫の住人がいた