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七月のムスターファ─────ビルの上の遠眼鏡 01

挿絵 500*500



曇り空は強い陽光を孕み、巨大な発光体のような輝きに満ちている。古ぼけた鉛筆ビルの上に二つのシルエット。その一人は片膝を立てて双眼鏡を構えていた。

ただ無精に伸び放題の乱れた髪に無精髭。チェ・ゲバラの顔がプリントされたTシャツに逞しい肉体を浮かび上がらせている。ぎしぎしと音を立てそうなほどの筋肉を覆う皮膚は、陽に焼けた深い褐色だ。

「ターゲットは活発に動いているな。何を言わせているのだ、眼赤視」

「眼赤視」と呼ばれた少女は隠密活動には不似合いな真っ赤に染められた髪に、お揃いの血のような瞳を向かいの巨大で真新しいビルに向けている。洗いざらしの無地の白いTシャツは形の良い胸を主張し、擦り切れたダメージド・ジーンズはその細くしなやかな脚を演出する小道具のひとつになっている。

「そうね、「傀儡」の調子はいいわ。まるで議長をマリオネットみたいに良く動かしている。議長が熱弁を振るうというのに委員達は戸惑っているみたいだけど」と眼赤視。
「何を喋らせている」無精髭の男は尋ねた。
「遺伝子保護法の中核となる薬剤の開発が絶対の急務であること、計画のスケジュールを前倒しにする必要性。テンションを「傀儡」がブースト。同士杉野」
眼赤視は悪戯をした子供のように舌を出す。透明なほど白い顔に浮かぶチャームなそばかすを手のひらで陽光から守りながら微笑む様は北欧の美形そのものだ。
永田町のその重厚な佇まいのビルの向かいにある、二人の潜む貧相なペンシルビルの屋上には冷房の大きな室外機が唸りをあげ、二人の会話をノイズの海に沈めている。

更新日:2020-07-17 21:04:43

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