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小説

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暗転パレエド

しばらくは穏やかな日が続いた。
水端葵は学校に事情を話し、クラスには戻らずに1人で補習授業を受けるようになったようで、最近は時々登校をするようになっていた。
声を掛けると『ちゃんと卒業はできそうです』と笑っていた。
おかげで隣部屋は日中もかなり静かになったように感じる。

別に面と向かって闘う事だけが抵抗する事だとは思わない。
逃げる事、避ける事も立派な抵抗だと俺は思う。
最後に勝って笑えればそれでいいんだ。

俺はフリーター的な仕事をしつつ、この先の将来について本格的に考え始めていた。
具体的には寮のある工場に就職しようと計画し、探していた。
応募して採用されたなら、いずれ俺はここを引き払う事になる。
つまり、この落田ハイツでの生活もそろそろ終わりに近付いているのかもしれない。
住めば都、思い出せば楽しい想い出も…それほど無いけど、少しは淋しい気もしないでもない。

葵の事は心配ではあるけれど、いつまでも一緒という訳にはいかない。
このままの関係がいつまでも続く訳も無い。
俺との関係は結局の所、部屋が隣り合っていたというだけに過ぎないのだから。
まあ、強く生きて欲しいとは思うよ。
俺がいなくなって駄目になるとか、目覚めが悪いにも程があるってものだし。

そんな事を考えながらも葵には何となく言い出せない、そんな折だった。
「お〜にいさんっ」
おや、いつになく上機嫌な葵に声を掛けられた。
エヘヘと笑う葵は白いブラウスに青いロングスカートという珍しい清楚なスタイル。
何か、ちょっとだけいいとこのお嬢さんみたいに見える。
…服装で印象って変わるもんなんだなぁ。

「よう、どこかにお出かけか?」
「ええ」

短くそう答えた後、葵はちょっともったいぶった様に間を空けて、ニヤニヤと笑いを堪えきれないといった感じで言葉を続けた。

「沢村お兄さん、実はですね〜、私、もうすぐお父さんができるかもなんです」
「…へえ?お父さんってできるもんなんだな」
「そうなんです。お母さんがおみやげで買ってきたんです」
「おいおい…再婚するって事だろ?」
「はい、その通りです」
「ああ、それで…その服、よそ行きっぽいもんな」
「はい、今日はお母さんと約束しておりまして、私もその方に会いに行きます。初顔合わせです」
「初顔合わせか…緊張するだろうな?」
「はい、やっぱり緊張します。でもこれでお母さんも落ち着いて暮らせるのかなぁって」
「だといいな」
「う〜、でもちゃんと学校に通っていないと、私、新しいお父さんに怒られちゃうかもですね…困るなあ」
「さあ、どうかな?」
「それに…もしかしたら、ここから引越しになってしまうかもしれません」
「狭いからな、ここは」
「私が引越しをしたら沢村お兄さんが心配で…」
「バカか!?何で俺が心配されるんだ!?」
「沢村お兄さんのお世話をする人がいなくなってしまいます」
「葵に世話なんてされた事など無いわ!」
「いいんですか〜?私をおかずに使う事もできなくなりますよ?」
「そんな下世話な用もね〜な」

「そうですか〜?そうでしたっけ?」
ちょっと残念そうな顔をしながら葵はデヘヘと笑った。
あまりに気持ち悪い笑い顔だったので、つられて俺も笑ってしまった。
いつものくだらない会話。
でもお互いの生活に変化は確実に起こっていた。

やはり、ここでの生活は何かの区切りを迎えているのかもしれない。
俺はそんな事を感じていた。











更新日:2020-08-10 16:50:21