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エピローグ

 


 ヴォルクを壊した日から半年が経っていた。

「ルナ!体動かさないと、いつまでたっても治らないぞ!」
 アークが医務室にずかずかと入ってきた。
 ヴォルク破壊の後、ルナは激しい魔力の消費と、外部から複数の魔力を受け入れるという未知の体験の為か、初めて見る星空の下、白目を剥いて気絶した。
 アークも負傷していたが、元々鍛えられた体だったことが幸いし、治りは早かった。
「ほら、今日は空に雲が浮いてるんだぞ!」
 ヴォルクを粉砕した直後のように、アークは軽々とルナを抱き上げて庭に走り出る。
 高い空に、白い雲。これまで雨は魔法で定期的に降らせていたので、雲も、千年前の風景や他国を知らない人々にとっては見たことのないものだった。
「すげー、綿菓子みたいってほんとうだな。」
 ルナもアークの首に手を回し、雲を見てみる。あのふわふわは触れるのだろうか。落ちてきたりしないのだろうか?
「やだあ~ノウル先生が~ルナをお姫様だっこしてるう~」
「ちょっとー先生と学生なのにーいちゃこらしすぎじゃないですかー」
 通りがかった同期生たちが冷やかしの声を上げた。
「ちちちちがっ、仕方が無いじゃない、私怪我人だよ?!」
 ルナが真っ赤になって怒ると、友人たちはおかしそうに笑った。
 平和な日常だ。但し、病院や交通など、生活の主要な機能が一転したため、オラクル国は未だに多くの課題を抱えている。国全体がヴォルクの破壊を諦めていたのだ。諦めていなかった一部の人々の備えから、細々とインフラの回復が行われていた。元々魔力的な才能がある者は引き続き魔法を使うこともできたが、以前ほどに万能ではなく、元々人並みだった者たちに至ってはほとんどが魔法を使うことができなくなった。交通手段としては最近、自転車がよく売れているという。
「俺って流行の最先端だったわけだなぁ。」
 学生たちの背中を目で見送りながら、アークは呟く。
 ヴォルクが無くなると同時にゾンネ維持という永きに亘るティアリフェ一族の受難は終わった。ルナの姉、リームも一命を取りとめ、現在は入院治療を受けている。幸い、ルナと同時期に退院できるそうだと、ルナの代わりにわざわざリームの元へ見舞いに行ったというベマゼクが教えてくれた。
「早く姉さんに会いたい・・・・・・」
 ルナは万感の思いを込めて呟く。
ルナを抱えたままで、アークはゆっくりと校舎裏へと歩いていく。
「ちょ、ちょったって、人気の無いとこでなばばしますむ…!!」
「ちょっとまって、アーク!人気の無い場所で迫られちゃったら、あたし、すべてをあげちゃうかも」
 ルナの支離滅裂な言葉を、かなり本人の意向に背いた訳をしたのは、キノコ頭のカイだ。
「カイ!な、なにゆってんの!!」
カイは「はっはっはっ」と笑っているが、眼鏡が太陽に反射して表情が見えないので怖い。
「ルナ、お前、俺にすべてをくれちゃうの?」
 アークまで真顔で確認してくるので、ルナは真っ赤になって大混乱だ。
「な、な、何言ってんの!」
「というのは軽いジョークで、俺はカイがいるかなと思って菜園目指してたんだけど。」
 ルナの慌てぶりをするりと躱し、アークはカイに目を向ける。
 ルナは、入院している間に、カイの本当の年齢と、その経緯を聞いた。カイは兄弟たちの始末をつけてくれたルナに対し、礼を言った。ルナはカイの苦悩に満ちた千年という月日に驚き、涙したが、カイはそんなルナに背を向け・・・・・・通常通り、菜園に戻っていった。曰く、「命があり続けるならもう少し研究してみようかと」。

 まさに一介の治安維持組織となったゾンネ・フェルトで、なぜかカイはいまだに個人的な豆の研究をしている。ちなみにゾンフェル・アカデミーは、今では魔力を使えぬ者が多くを占めているため、魔術の授業の代わりにこの先混乱が予想されるであろう道路交通の取り締まり、また、千年振りの他国との入出国も検討段階に入ったために、治安維持の更なる強化を目指している。

更新日:2020-03-15 18:06:11

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