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ステンドグラスの向こう側

 アークが全快したのは、一週間後だった。しかし、本日、学生で溢れた教室で、教壇にて難しい顔をしているのは、踏み台に乗ったカイだ。
「さて先日の実験で判明したのは、“ヴォルク”を壊そうとする際、ルナの魔力が空中のヴォルクに届く前に、地上の建物が大損壊するだろう、ということです。」
 そしてカイの後ろで、ケイカが黒板にチョークで「地上からの攻撃・危険」と書き付けている。
「はい、カイ先生」
「どうぞ、アーク・ノウル先生」
「どうして俺が学生席についているんでしょうか…」
「ちょっと、カイ!」
「どうぞ、ルナ・ギレンホール」
「この会議って、なんなの一体?」
「・・・・・・そうしてもう一点、これも重要なことが判明しました。」
「「カイ?!」」
 アークとルナの疑問をあっさりと無視したカイの声は解説を続ける。
「それは、ルナがアーク先生に支えられ、見事魔力を結集させた場合。魔力は止まることなく、ルナの体から引きずり出されてしまうだろう、ということです。おそらく、死ぬまで」
「・・・・・・」
 軽く、魔力を結集させるつもりだったあの時。確かに、ルナは力が引きずり出されるような感触を味わった。今までに経験のない恐ろしい感覚。
「あの時、確かに私、“ヴォルク”に魔力を吸われているような気がした・・・・・・。」
「各分野の統計でも、農作物の栄養価や生物の寿命低下がヴォルクの栄養吸収によるものだと研究機関が見解を出していることくらい知ってるだろう」
 いつかルナを責め立てた男子学生が、気まずそうに声を上げる。
「ちくしょう、すべての生命の力を吸い取る“ヴォルク”にティアリフェの血族たちの力を吸い取る“ゾンネ”かよ!」
 学生の一人が苛立ったように叫ぶ。口を真一文字に噛み締めたカイをちらりと見、
「でも、そのゾンネのおかげで私たちが魔法を使えて、便利な生活をしていることも事実でしょう」
 ケイカが語気荒く発言する。
「ケイカ・バレッジ!今はそういう話じゃねぇだろう」
「私は事実を言ったまでよ。」
 教室の雰囲気はいいとは言えない。
「・・・・・・中途半端な魔力での攻撃では、逆に“ヴォルク”に力を吸わせてしまう。ルナの全力で、一気に叩く必要があります。」
 カイが丸眼鏡を押し上げて言い放つと、アークが椅子を蹴って立ち上がった。
「おい、カイ!いい加減にしろよ。ルナに死ぬほど力を振り絞って、一人でヴォルク壊せって言うのか?どうしてルナがそこまで背負わなくちゃならないんだ!」
 ルナにとっては初めて見る、アークの、怒りの表情。だが、カイは平然とアークを見返す。
「もちろん、ルナの傍にはあなたが必要です、アーク先生。あなたの支えがあってこその作戦です。」
「はいっ!」
ルナが挙手をした。
「ルナ、意見をどうぞ!」
睨み合うアークとカイにまごつきつつも、ケイカが進行を進める。
「思ったんだけど、魔力が吸われるなら、足していけばいいと思うの。」
「――――」
 教室中が、一瞬ハテナマークに満たされた。
「あの、あのね。例えば、みんなの魔力を結集させる術式とか無いのかな?」
 アークが鋭く息を呑む。
「私がヴォルクに対して攻撃している間中、ここにいるみんなの魔力を結集させて私に追加していけば、ヴォルクに魔力を吸われても、それ以上の力を出せるし、私も死なないで済むんじゃないかな~と・・・・・・」
 カイが、アークが、口を開く。だが、一瞬早く、大喝采が起こった。
「ルナ!あなた、脳みそあったのね!」
「俺たちの力でも集めればそれなりになるよな!」
「周囲の建物についても、別に班を作って守護陣を張ればいいんじゃないか?」
「ギレンホールの攻撃に耐えうる結界は無理でも、衝撃派くらいならどうにか食い止められるんじゃないか」
「みんなで力を合わせて!ってやつだね!」
 ルナは手放しで褒められ、てれてれと笑っている。盛り上がる教室の中、アークは厳しい目でカイを見る。カイは視線を逸らさなかった。
 その時。
 バタバタと忙しない足音と共に、教室のドアをベマゼクが開いた。
「ギレンホール!頼むから落ち着いて聞いてくれ。学校を吹き飛ばすなよ!」
 その表情は真っ青だ。
「・・・・・・リームが、君の姉さんが、倒れた」
 魔力は強いが、体力があるとは言い難い女性だった。
「ね、ねえさんが・・・・・・?!」
 ルナは息を呑み、体の横で手を握り締めた。

更新日:2020-03-15 17:06:39

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