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魔法少女の空回り




 ――千年以上も昔のことだ。
 今や魔法使いの聖地とも言われるここオラクル国だが、千年前は他国と同じように魔力を持たぬものが殆どであった。人々は手に槍や剣を持ち、この小さな城塞国家を守っていた。
 ある日、悪しき大魔法使いカレスタラスが、このオラクル国の空に壁“ヴォルク”を張り巡らせ、太陽を隠してしまった。太陽を失い冷え切った国土。そこでこの学校の創立者でもある、聡明なる魔法学者ティアリフェが、魔力による新しき太陽“ゾンネ”を作り上げた。
 “ゾンネ”によって、太陽からの恵みである光や熱、その光線に含まれる栄養素、そして尚且つこの国のほぼ全ての人間に、魔力が与えられたのである。
 今日、我々があらゆる作業を魔法によって簡略化し、便利な生活を手に入れたことについて、ティアリフェの作った“ゾンネ”なくしては語れないのだ。
 我がオラクル国は、ヴォルクの影響によって容易に他国と行き来ができないこと、また魔力の源であるゾンネが無い夜間を除けば魔法を利用した防犯対策が可能なため、他国に比べ犯罪件数非常に少ない。君たち“ゾンフェル・アカデミー”の学生たちは、よく学び、残り九ヶ月後にゾンネ・フェルトに正式入隊する上で、治安秩序を維持する職責の自覚を持つことが肝要である――――

「ベマゼク先生っ!失礼ですが、ゾンフェル・アカデミーを卒業し、ゾンネ・フェルトに入隊するということは、国の治安を守るのとは別に大きな役目があると思うんですけど!」
 滔々とこの国の歴史と共に学生たちの責務について述べていた若き教師の言葉の語尾にかぶせるように、憤りの震えを帯びた女子学生の声が上がった。彼女を見るなりベマゼクと呼ばれた教師は渋面になり、学生たちはざわめきだす。
(おいおい、またルナ・ギレンホールだぜ)
(あー…すっごい魔力持ってるって噂の?現代のカレスタラスって)
(いや、魔力は桁外れだけどさ、制御できてないんだよ。目の前で暴走されると怖いよホント。この三ヶ月で既に二個の教室壊したらしい。俺が見たのは一個目だけだけど)
(え?でも制御石のペンダントがあるから大丈夫じゃないの?)
(大丈夫なもんかよ!この前も真夜中に校舎裏で大爆発起こして、巻き込まれた教師とその子供が生死の境をいまだにさまよっているとか)
「ルナ・ギレンホール、発言するときは挙手をしたまえ」
 学生たちのざわめきの中、ベマゼクは細く知的なフォルムの眼鏡を中指で押し上げ、冷ややかにルナを見た。
「先生、“我々はヴォルクを破壊するために存在している”と明言すべきです!」
「・・・着席しなさい、ギレンホール!」
「千年以上在り続けるヴォルクのせいで、ティアリフェの血族たちが命を削ってゾンネを維持していることを、きちんと学生たちに叩き込んでください!」
 教師に逆らい、周囲のざわめきを押さえつけるようにわめくルナ。
(ティアリフェ一族の養い子だって)
(だまっていればそこそこカワイイのに・・・・・・教師にたてつきまくって、今じゃ完全に浮いてるよね)
(それに寝言は寝て言えって・・・俺たち生まれてせいぜい二十年弱、ヴォルク出現から千年経ってるんだぜ?)
(“ヴォルクを破壊しゾンネを砕く”なんて建前、いまやありえないよね。ゾンネ・フェルトはいまや紛れも無く一介の治安維持機関だわ)
 クラスメイトたちがひそひそと話す、彼女にとって好ましくない噂。中にはそういった陰口に居心地の悪そうな顔をしている学生もいるが、どちらにせよルナの耳には誰の声も入っていないようだ。紫の目がぎりぎりと光り、髪の毛がざわざわと波打ち始めた。
(うわ、魔力漏れちゃってるよあの娘!)
 通常、魔力制御石が内包されたペンダントを身につけていれば、魔力は使用不可になるはずなのだ。一般人より強力な魔術を身に付けるゾンフェルだからこその装備であるが、ルナの前では無意味のようだ。そう判断し、教室のちょうど真ん中あたりで立ち上がっているルナから、一斉に距離をとるクラスメイトたち。しかし椅子がずらされる音さえ気づかずに、彼女は周囲に訴える。
「みんな、聞いて!」
 どぉん!
 ルナの声に呼応するようにベマゼクの真横に位置した教室のドアが吹きとんだ。

更新日:2020-03-08 19:32:36

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