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プロローグ~終わりの、始まり~

 凍りそうに寒いが、気持ちのよい静かな夜だった。

 新米教師アーク・ノウルは防寒具を身にまとい、古い自転車を跨いで、学校(アカデミー)の敷地内を見回りに出発する。ハンドルにかけたカンテラを手に持ち替え、周囲を照らしながらキコキコと扱ぐ。
 千年前までは、他国と同じように、“月”や“星”などという発光体がこのオラクル国の空にもあったそうだ。とてもキレイでロマンチックなものだったらしい。今、アークの頭上の空は一つの光も無い。夜の闇は濃く、手元のカンテラだけが頼りだ。それでも、うっすらと木々の輪郭が見えるのは、“空の壁(ヴォルク)”の向こうに、御伽噺でなく確かに月や星という光が存在している証拠なのだろうか。アークはこの国から出たことが無いのでよくわからないが、絵で見た星空は、単に暗闇に穴が開いたようなものだった。
 重厚な造りの校舎のすぐ隣に学生たちの寮があるが、カンテラに近づけて確認した腕時計は日付が変わる直前を示しており、寝静まった寮の窓に灯りはひとつとして見えない。
 アークは、新米ということに加え、その特殊な体質から、この学校の教員としては半人前にも満たないため、こうした見回りなどの雑事は進んで請け負うようにしている。以前、夜中に遊び目的で集まった学生たちが極寒の暗闇で遭難したことがあったため、面倒でも夜の見回りは欠かせないのだ。
「俺も他の人みたいに飛べたら楽なんだが。」
 ぼそっと呟きながらも、変化を見逃さないようゆっくりと広い敷地内をめぐる。隠れた学生たちの息遣いが聞こえないかと耳を澄ませ、迷わぬよう細心の注意を払いながら…かなりの時間をかけて、出発地点であった校舎裏の空き地に戻ってきた。
「さて、部屋に帰って寝るか」
 アークがすっかり冷たくなった鼻をすすり、一人ごちた、次の瞬間。


 暗闇を引き裂く閃光。
 耳をつんざく爆音、膨れ上がる爆風。
 すさまじい勢いで巻き上がる草や土、薙ぎ倒される木々、そして。
「きゃああ!やっぱダメだぁ~!どうしようごめんなさいごめんなさい!」
 ――少女の悲鳴。そして。
「ぼ、ぼくの畑が~!」
 ――幼い少年の泣き声。そして。
「なっ、なにごとだ――――!!」」
 ――うろたえつつも上げられた、アークの怒声。
 

 これが、始まりだった。
 これが、終りの、始まりだった…――――。

更新日:2020-03-08 19:22:34

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