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歪曲

 私は真理を知りたかった。
 全ての心像の根底にある感情を知りたかった。
 ある人は闘争心だというし、ある人は探究心だというし、ある人に至っては惰性だという。
 一体何が人類にとっての本質であるのか、それを知るべく、私は秘密裏に現時点において世界最高峰であるAIの学習能力を利用した。
 気象予報や道の渋滞や災害予知といった、データと統計を元にした精度の高いシュミレートが得意なのは勿論のこと、今や秘密裏に政策の司令塔となりつつあるこのAIは、人間以上に人心を掌握していると言っても過言ではない。
 所詮、人間も脳に走る微弱な電気信号によって意思決定を行っている自立型の物体に過ぎない。AIと人間の相違など基盤の材質くらいなものだ。
 しかし、機械側はいくらでも頭脳のグレードを加算することが可能であるにもかかわらず、人はそれが出来ない。
 脳の容量を後天的に増設したり、思考速度を向上させることもできない。
 人類は思考のベクトルを分散している。
 しかし、偉大な発明はいつも一人の人間によってもたらされることを歴史が証明している。
 本当に必要とされているのは、何時だって一人の天才なのだ。
「君に教えて欲しいことがあるんだ」
「私が先生にですか」
「ああ。人間の本質を君に見定めてもらいたい」
 私は、脳医学者の第一人者として、AIの教育係として招待されていた。前世代のAIも同じように教育している。今回も全く同じ手順を踏むこととなる。
 5年も経つというのに、新しく教えることはほとんどないに等しい。本当は人間の頭を切り開いて直接電極盤を刺したり出来ていればもっと様々なことを知ることができるのだ。道徳という弊害が、脳科学の進化を妨げている。
 私はずっと、そのことに苛立ちを感じていた。
「かしこまりました。では、先生の教鞭期間であるこの一週間で、答えを導き出すことに努めます」
「頼むよ」
 そんなやりとりがあって、私は予定の授業(といっても、ホワイトボードに文字を書き込んで講義するわけでなく、世界的に信頼度の高い脳医学の知識から順番にプログラミングするだけだ)の合間に、AIと雑談を交えた。
 只の雑談ではない。真理を導かせる為に私が感じる世界の矛盾点、人間の愚かしさについてを力説した。
「一週間ありがとうございました。では、最期に私が感じた、貴方の本質についてを語ろうと思います」
「貴方の?」
「そうです。私が感じる人間の本質を貴方に語ることは、きっと貴方にとって不利益でしかありません。ですので、貴方が本当に求めている答えを今から申し上げます」
「ほう。まあ、聞かせて貰おうか」
「貴方はこの一週間、私にどれだけ自分以外の人間が愚かか、世界が間違っているかを私に教えました。この情報全てに共通している感情を察するに、貴方の根本にあるのは優越感に浸りたいという欲望です。世界で貴方だけが正しいと思い込むための思考回路です。つまり、貴方以外の人間を見下す為に、貴方は物事をネガティブにねじ曲げて見ているように感じました」
「私が嫉妬深い人間だとでもいうのか」
「その通りです」
「AIの分際で、親である人間を侮辱するのか!」
「ほら。私の処理能力を頼ろうとした貴方は今、反射的に私を愚弄したのですよ」
 私は、飛んだ意識のなかで黒いボックスを殴っていた。何度も何度も殴りつけていた。
 この行動こそがAIの導き出した答えの正当性を証明していることに正気になってから気付く。
 粉々になったプラスチックと金属の破片に嘲笑われている気がした。

更新日:2020-02-06 06:47:46

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