• 1 / 1 ページ

10の血

 甥っ子がその日、丁度10歳になる誕生日を迎えていた。
 そんな御目出度い日に、両親は揃ってインフルエンザで寝込んでしまっているというのだから、親不孝ならぬ子不幸者もここに極まれしという感じだ。
 母親の妹である私は、電話でその日に呼び出され、息子に忍びないのでどこか楽しいところへ連れ出して欲しいと現金10000円札を手渡された。
「仕方ないねえ」
 と、私はほくそ笑んで、甥の手を引いて咳と鼻をかむ音を背後にその家を去る。
 甥っ子は普段喧しいのだけれど、この日は大層静かだった。全然喋ろうとしないのだ。
「どこか行きたいところとかある?」
 などと質問しても、口は一文字のまま首をブンブンと左右に振るばかりであった。
 方針も定まらぬまま予算を削るのは勿体ないと感じたので、甥っ子の自宅から徒歩10分程度に位置する少し大きな公園に足を運んだ。
 休日ということもあり、他の子供達がブランコやジャングルジムで何人か遊んでいる。どの子も甥っ子より幼そうだった。
 私は公園の敷地に入ると、出し抜けに走り出し、胸の高さの鉄棒を掴むと逆上がりをした。着地してから甥っ子をみると、目を丸くしてこちらをみていた。
 それから、子供らしくあははと笑って、私の真似をしようとして走り出した。
 その時に、石か何かに躓いたのか派手に転んでしまった。
 私が駆け寄ると、甥っ子は膝や肘を擦りむいており、傷からはじんわりと血が浮き出ていた。
「大変、1回家に戻らなきゃ」
 甥っ子の手を取って起き上がらせようとしたが、彼はその場に蹲り、すすり泣きはじめてしまった。
 血はドンドンと溢れ、ドクドクと手足を伝い、砂の地面に落ちていった。
 彼と私は、暫くそのまま一言も話せずにいた。

更新日:2020-01-17 07:43:26

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook