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その3
その3
剣崎
「あのう…、今から叔父貴の屋敷にですか?」
「ああ、佳代がナマズのデータを集計してるんだ。アイツ、ナマズ様のスケッチをとっててな。水槽に入れたナマズの肌と一日睨めっこしてる。そんで、気象庁行って、微震を含むこの地域に起こった地震データと照合してな。今日、この週の集計結果をまとめるそうだ。それを今晩の食事前、”家族”に観察結果を発表するんだ。お前、佳代の助手をやってみろ」
「…」
俺は絶句していたよ
瞬きを忘れ、口をポカンと開けて…
...
参ったな…
これから夕食時までなら、都県境に戻れるのは深夜になっちまう
会長とは今日にでも例の件を含め、じっくり話すつもりだったんだが…
...
「あらあ、剣崎さん。次はクリスマスじゃなかったの?ふふ‥」
この佳代さんは叔父貴の持つ、”変わり者”の遺伝子は受け継いでいるようだな(苦笑)
「佳代、今夜は剣崎がお前の研究発表を手伝ってくれるそうだ。助手としてな…」
「えー、本当?嬉しい~」
ダメだ…
体の力が抜けていく感じだ…
...
「…じゃあ、これ、車の中で食べて」
「ああ、すいません、奥さん。急にお邪魔しちゃって、その上…」
「気なんか使うことないわよ。ウチの人からも聞いてるわ。会長さんが亡くなった後の整理、昨日が区切りだったんでしょ?ずっとかかりっきりだったって聞いてたから…。この前は関西の偉い人大勢を相手にして、疲れて具合悪くしちゃってね。お疲れさまでしたね、剣崎さん…」
何とも癒される言葉だった
何とも…
...
「じゃあ、クリスマス”前後”は楽しみにしてるわね、剣崎さん…。日にち決まったら連絡くださいね、うふふ…」
佳代さんの笑顔にも癒された
肩ひじの張らない生き方…
俺に足りないとこって、これってことかよ…
ナマズの観察結果の発表会で助手やらされたなんて言ったら、麻衣は笑い転げるだろうな…(苦笑)
それも、”けっこう楽しかったぞ”なんて言ったら腰ぬかすか(爆笑)
...
「親分、そろそろ高速乗りますんで。一眠りしててください。パーキング寄ったら、トイレのお声はかけさせていただきます」
「ああ、頼む…。このサンドウィッチ食ったら眠らせてもらう。…ああ、キミもひとつ食え」
「いや、自分はいただけません。まだ、大親分の周辺のお世話させていただいてる身ですから…」
「俺の経験則を言っておくぞ。今、俺が後悔してること。それは”遊び心”のりしろを自らで切りとってしまってたことだ。深夜の遠距離運転には緊張感も必要だが、潤うことも大事さ。このサンドウィッチには、”家族”の潤いがぎっしり詰まっている。さあ、いただけ…」
俺はその運転手の若者に、半ば無理やりハムサンドを後ろから手渡した
「親分…、おいしいです。最高に…」
「潤っただろ?」
「はい。う、う…、潤いました!」
ハハハ…、なんか、相馬さんの運転手をやってた20年前を思いだすな…
...
「ああ、剣崎…、わかってる。叔父貴から電話をもらってな。末のお嬢さんにせがまれて、お相手だったそうだな。はは…、でもよう、返って肩の凝りが取れたんじゃねえか?」
矢島さんの様子がいつになく柔らかい…
どうやら叔父貴から何らかの”言葉”が添えられたらしい
「では明朝、本部に伺います。そん時に詳しいことを…」
「うん。明後日は幹部会を招集して今回の報告をすることになってるから、何人かは呼んでおくが…。どうだ、麻衣も立ち合わせては…」
「会長…、いいんですか?…他のもんへの配慮とか、倉橋に対する感情面とかを考えると…」
「いや、今や麻衣抜きの”当面”はないだろ。このあたりで小日向や藤原にはよう、麻衣との”遭遇”を済ませた方がいい。内輪で麻衣への温度差に逃げ腰じゃあ、今後何かと齟齬が生じ兼ねるしな」
「会長、ありがとうございます。では、それでお願いしますよ」
...
ボーダーレス…
これは俺達の世界に限ったことではないさ
今、この国の経済力は天を突き抜ける勢いだ
それに連動して、社会の仕組みだけでなく、人の心や価値観も激変に曝されている
もはや日本は、海外の途上国ひとつを買取るくらい容易いほど外貨を稼いでいる
変化に順応できないものは、消え去るのがこの世の常なんだろう
だが、世の中の流れだけを真に受けず、守るべき大事なものを見失わないこと…
そんな見極めの眼と心は、時には肩の力を抜くことによって曇りから解放される
今日、それを知った
...
「わかりました。優輔と一緒に明朝、本部へ伺います」
電話口の向こうからは、麻衣はきりっとした声が響くように伝わってきた
いよいよ、渦中のど真ん中に引きこんでしまった
麻衣を…
剣崎
「あのう…、今から叔父貴の屋敷にですか?」
「ああ、佳代がナマズのデータを集計してるんだ。アイツ、ナマズ様のスケッチをとっててな。水槽に入れたナマズの肌と一日睨めっこしてる。そんで、気象庁行って、微震を含むこの地域に起こった地震データと照合してな。今日、この週の集計結果をまとめるそうだ。それを今晩の食事前、”家族”に観察結果を発表するんだ。お前、佳代の助手をやってみろ」
「…」
俺は絶句していたよ
瞬きを忘れ、口をポカンと開けて…
...
参ったな…
これから夕食時までなら、都県境に戻れるのは深夜になっちまう
会長とは今日にでも例の件を含め、じっくり話すつもりだったんだが…
...
「あらあ、剣崎さん。次はクリスマスじゃなかったの?ふふ‥」
この佳代さんは叔父貴の持つ、”変わり者”の遺伝子は受け継いでいるようだな(苦笑)
「佳代、今夜は剣崎がお前の研究発表を手伝ってくれるそうだ。助手としてな…」
「えー、本当?嬉しい~」
ダメだ…
体の力が抜けていく感じだ…
...
「…じゃあ、これ、車の中で食べて」
「ああ、すいません、奥さん。急にお邪魔しちゃって、その上…」
「気なんか使うことないわよ。ウチの人からも聞いてるわ。会長さんが亡くなった後の整理、昨日が区切りだったんでしょ?ずっとかかりっきりだったって聞いてたから…。この前は関西の偉い人大勢を相手にして、疲れて具合悪くしちゃってね。お疲れさまでしたね、剣崎さん…」
何とも癒される言葉だった
何とも…
...
「じゃあ、クリスマス”前後”は楽しみにしてるわね、剣崎さん…。日にち決まったら連絡くださいね、うふふ…」
佳代さんの笑顔にも癒された
肩ひじの張らない生き方…
俺に足りないとこって、これってことかよ…
ナマズの観察結果の発表会で助手やらされたなんて言ったら、麻衣は笑い転げるだろうな…(苦笑)
それも、”けっこう楽しかったぞ”なんて言ったら腰ぬかすか(爆笑)
...
「親分、そろそろ高速乗りますんで。一眠りしててください。パーキング寄ったら、トイレのお声はかけさせていただきます」
「ああ、頼む…。このサンドウィッチ食ったら眠らせてもらう。…ああ、キミもひとつ食え」
「いや、自分はいただけません。まだ、大親分の周辺のお世話させていただいてる身ですから…」
「俺の経験則を言っておくぞ。今、俺が後悔してること。それは”遊び心”のりしろを自らで切りとってしまってたことだ。深夜の遠距離運転には緊張感も必要だが、潤うことも大事さ。このサンドウィッチには、”家族”の潤いがぎっしり詰まっている。さあ、いただけ…」
俺はその運転手の若者に、半ば無理やりハムサンドを後ろから手渡した
「親分…、おいしいです。最高に…」
「潤っただろ?」
「はい。う、う…、潤いました!」
ハハハ…、なんか、相馬さんの運転手をやってた20年前を思いだすな…
...
「ああ、剣崎…、わかってる。叔父貴から電話をもらってな。末のお嬢さんにせがまれて、お相手だったそうだな。はは…、でもよう、返って肩の凝りが取れたんじゃねえか?」
矢島さんの様子がいつになく柔らかい…
どうやら叔父貴から何らかの”言葉”が添えられたらしい
「では明朝、本部に伺います。そん時に詳しいことを…」
「うん。明後日は幹部会を招集して今回の報告をすることになってるから、何人かは呼んでおくが…。どうだ、麻衣も立ち合わせては…」
「会長…、いいんですか?…他のもんへの配慮とか、倉橋に対する感情面とかを考えると…」
「いや、今や麻衣抜きの”当面”はないだろ。このあたりで小日向や藤原にはよう、麻衣との”遭遇”を済ませた方がいい。内輪で麻衣への温度差に逃げ腰じゃあ、今後何かと齟齬が生じ兼ねるしな」
「会長、ありがとうございます。では、それでお願いしますよ」
...
ボーダーレス…
これは俺達の世界に限ったことではないさ
今、この国の経済力は天を突き抜ける勢いだ
それに連動して、社会の仕組みだけでなく、人の心や価値観も激変に曝されている
もはや日本は、海外の途上国ひとつを買取るくらい容易いほど外貨を稼いでいる
変化に順応できないものは、消え去るのがこの世の常なんだろう
だが、世の中の流れだけを真に受けず、守るべき大事なものを見失わないこと…
そんな見極めの眼と心は、時には肩の力を抜くことによって曇りから解放される
今日、それを知った
...
「わかりました。優輔と一緒に明朝、本部へ伺います」
電話口の向こうからは、麻衣はきりっとした声が響くように伝わってきた
いよいよ、渦中のど真ん中に引きこんでしまった
麻衣を…
更新日:2019-11-27 20:20:31