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その1

その1
剣崎


明石田の叔父貴とは、静岡市内の某ホテルロビーで会っていた

「…淀のじいさんからは昨夜、電話でだいたい聞いていたがな…。剣崎、神戸ではご苦労だった」

叔父貴は俺の報告をまず全部聞き終えた後、事務的な口調でねぎらいの言葉をかけてくれた

「これで大きなヤマ場は越せたと俺は捉えてる。お前はどうだ?」

「自分もその認識です。いろいろ、お力添えありがとうございました。昨日の神戸では、叔父貴と助川さんの理解とご協力を痛感しました」

「はは…、俺達の仲でそう改まるな。なんにしても、やれることは概ね積んだ。だが、こっから先は各々が”他のこと”に向き合って行かなきゃならん…」

叔父貴は俺の目にじっと視線を合わせたまま、やや神妙そうに語った

やはり、ひと山越した後の”次”は叔父貴も念頭にしていたようだ

...


「…俺は以後、フェイドアウトの準備に入る。徐々にだが風呂敷を畳んでいくつもりだ。…その間、俺にもしものことがあったら、構わねえから伊豆で約束した通り、俺の地盤は西に投げちまえ」

「叔父貴!そんなこと言わんでください。今、あなたにいなくなられたら、西との友好路線の土台が揺らぎます。双方の関係が根付くのは、まだこれからですので…」

「ああ、そう簡単にはくたばらんし、万一の時はってことだ。そう、神経質になるな」

ここでもまだ、叔父貴はいつもの快活な話しっぷりではなかった

神妙…

依然、その印象が拭えなかった


...


「いいか、剣崎…。これからの相和会でもっとも重要なな課題、それは内部のケアだ。お前のことだから自覚はあると思うが、兄貴が死んで現体制ができ、西との今の関係を作り上げていった過程では、様々な角度から”敵”の揺さぶりを受けてきたよな。少なからず、”各所”にダメージとか傷を負ったはずだ」

俺には叔父貴の言わんとする、いわば懸念は予想がついていた

「…その中には、今後も引きずる”もの”もあるだろう。それを摘み取れないことで後々、取りかえしのつかない致命傷を招く恐れも生じ得る。これには要注意だぞ」

「叔父貴…、それは俺と矢島さんの関係をおっしゃってるんですか?」

「まあ、一番の気にかかることと言えば、それになるさ。例のチンピラとガキどもの井戸端会議を利用しやがった東龍会の中傷リークを喰らったが、詰まるところ内部不安が生まれれば、連中の思うつぼだ。それがトップ間となれば、組織の存続にかかわる」

「はい…。それは俺も常に意識していたことですし、この時期にきちっと”手当て”しておこうという気持ちでした」

「ならよう…、何も”神戸の用”が済んだら、矢島だけをさっさと返るようなことは避けるべきだろうが…」

叔父貴はソファに背をもたれ、表情は変えなかったが強い口調だった

「会長が何か言われたんですか、叔父に…」

「バカ、別に矢島からなんか植え込まれて言うんじゃねえよ。やっと一段落ついたとこで、今までも気になっていたことを告げてるだけだ」

「あっ…、これは失礼しました…」

俺は慌てて平謝りしていた

何を口にしているんだよ、俺は…


...


「…剣崎よう、今さらだが、新しい相和会をここまで持って来れたのは、ひとえにお前が牽引したからだ。これは誰が見てもわかるわ。…そうであれば、ひと際、お前は注意を払って人と接しないといかん。お前がふと口にした今の言葉とかだ。俺だからいいが、何かのきっかけで他のもんに口走っちまったら誤解を生む。頭の隅にあるもんが自然に言わせちまってるんだからな…」

「…」

「そんで、それが何人もの人間を介してトップである矢島の耳に入る時点では、誰やらの悪意や思惑も添えられてることだってある。…そうなりゃだ、相和会を支える二人の間には亀裂と確執が生まれ兼ねない。そんなことになってみろ!じっと相和会のスキを探ってる関東のハイエナどもに突かれるぜ」

俺は返す言葉がなかった

確かに、これから都県境に戻ったら、矢島さんとは二人の間に僅かな隙間風が吹いているかどうかを確認し合い、話し合うつもりだった

だが、叔父貴に言い当てられた俺の矢島さん対する、わずかながらも一点の曇った思い…

それが無意識であったとしても俺の中に存在する限り、ほんの些細なきっかけで疑心暗鬼に陥る…

...


「叔父貴…、大変ありがたい指摘ありがとうございます。今言われたことを胸に刻んで、会長とはきちんと話をしますので…」

俺はうなだれるように、正面の叔父貴に頭を下げていた

「はは…、もういいよ、剣崎。今ならまだ大丈夫さ。矢島とお前の隙間はちゃんと埋まる。お互いが埋め合って、それでもまだとなれば、俺が”それ”をなくしゃあいいんだ」

ここでやっと、いつもの叔父貴らしい話しっぷりになった





更新日:2019-11-27 21:53:32

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