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J・Q・K
贈り物を胸に抱えて、森を走る。ついにやってやった。ボクの女王様の望み通りに、あの子の首をはねてやった。柔らかくなびいた金髪もばっさりと切ってしまって、顔は恐怖で醜く歪み、生きていた頃の可愛らしい姿は見る影もない。
ああ、ボクの女王様!ボクは彼女だけのモノ。他の誰のモノにもならない。ボクの女王様のためだけに生きる。
この首を見せれば、きっと女王様も喜んでくれるはずだ。そうして久しぶりに笑ってくれたら、ボクのことを褒めてくれたら、ご褒美に美味しいタルトをくれたら――なんて素敵だろう!
甘い考えとともに中庭に駆け込む。この時間はいつも薔薇の花を眺めているはずだ。真っ赤な薔薇。ボクの女王様によく似合う薔薇。いつだったか、間違って白い薔薇を植えた庭師の首もはねてやったっけ。あの時もボクの女王様は喜んでくれた。
ところが、やってきてみれば見事に咲き誇っていたはずの薔薇は一つ残らず引っこ抜かれていた。すっかり寂しい景色になった庭で、女王様は怖い顔をして佇んでいる。
「女王様」
声をかけると女王様は振り返り、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ジャック、お前かい」
「はい、おっしゃっていた首をはねてまいりました」
あの子の生首を掲げて見せる。その瞬間には、もう喜んではもらえないことがわかっていた。それでもボクは、ボクだって、女王様のために――。
ばしんと女王様の手が首を払い落とす。転がった首は今の女王様と似た表情をボクに向けて止まった。
「お前なんてもうたくさんだよ!これ以上私につきまとうんじゃない、汚らわしいっ!」
冷たい言葉が突き刺さる。もう慣れているから平気。それに、ボクはボクの女王様のモノ。どれだけ嫌われたって、女王様のもとにいなくてはいけない。他の誰のモノにもなりたくない。ボクは、ボクの女王様だけのモノ。
不意に後ろから声がした。
「そんなに怒ることはないだろうに」
途端に女王様の顔がきまり悪そうに緩む。
「だって、あなた・・・」
もごもご何か言おうとした女王様は、結局それ以上何も口にせず、僕を一睨みして去っていった。
「君が気にすることはないよ。機嫌が悪いだけだから」
嫌な声はまだ聞こえる。この人と二人きりにはなりたくないのに。
「ねえジャック。何をそんなに嬉しそうに持ってきたんだい。僕にも見せてごらん」
答えずに立ち去ろうとしたボクを後ろから伸びてきた手が押さえる。
「君もご機嫌斜めだね。ほらおいで」
そのまま引き寄せられ腕に抱かれる。相手は王様だからこれ以上逆らうわけにはいかない。どういうわけか、彼はボクがお気に入りなのだ。奥さんである女王様をほったらかすほどに。
「クイーンのことはもういいじゃないか。僕は君のことを愛しているよ」
虫唾が走る。
「ボクは女王様のモノです」
「つれないねえ」
「わかりません」
「仕方ないな君は」
ふう、とため息をつくと王様はボクから離れて一層耳障りな猫なで声を出した。
「あとで僕のところにおいで。タルトも用意してあげよう」
絶対に行かない。
女王様はボクが嫌いだ。ボクが王様をたぶらかしたと思っているから。ボクはそんなことしないのに。ボクは、ボクの女王様だけのモノ。他の誰のモノにもなりはしない。
それなのに。
もう二度と王様の部屋には行かない。
ああ、どうすれば女王様はボクを許してくれるだろう。本当はあの気味悪い笑みを浮かべる王様の首をはねてやりたいけれど、女王様の大事な人だからそんなことをするわけにはいかない。そうでなかったら今頃首どころか全身ズタズタにしてやったのに!
ああ女王様。ボクの女王様。ボクが貴女のためにできることなんて、貴女の命令のままに首をはねることくらい。今までも、そしてこれからも。それを失ってしまったら、ボクはどうやって生きていけばいいのですか。
――いっそ、ボクの首をはねてしまおうか。
そうしてボクの首を女王様に捧げられるなら。ボクの首を女王様が抱いてくれるなら。僕のことを許してくれるなら。ああ、ボクの女王様。もう一度、ボクを愛してくれるなら。
ボクは首だけになってもかまわない。
――でも、どうせボクの首はあの子の首のように捨てられて、最後には王様に拾われるんだろうな。
その前に、女王様が首をはねたがっていたやつはまだいるから、そいつらの首をはねてやろう。そうして首の山をボクの女王様に捧げよう。抜かれた薔薇の代わりに、首で中庭を彩ろう。
そして、ボクの女王様。お前の首もはねておしまい、と、ボクに命じてください。貴女のためなら、ボクは喜んで首になります。
ああ、どうか、ボクを貴女のモノでいさせてください、ボクの女王様。王様に奪われないように。
ああ、ボクの女王様!ボクは彼女だけのモノ。他の誰のモノにもならない。ボクの女王様のためだけに生きる。
この首を見せれば、きっと女王様も喜んでくれるはずだ。そうして久しぶりに笑ってくれたら、ボクのことを褒めてくれたら、ご褒美に美味しいタルトをくれたら――なんて素敵だろう!
甘い考えとともに中庭に駆け込む。この時間はいつも薔薇の花を眺めているはずだ。真っ赤な薔薇。ボクの女王様によく似合う薔薇。いつだったか、間違って白い薔薇を植えた庭師の首もはねてやったっけ。あの時もボクの女王様は喜んでくれた。
ところが、やってきてみれば見事に咲き誇っていたはずの薔薇は一つ残らず引っこ抜かれていた。すっかり寂しい景色になった庭で、女王様は怖い顔をして佇んでいる。
「女王様」
声をかけると女王様は振り返り、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ジャック、お前かい」
「はい、おっしゃっていた首をはねてまいりました」
あの子の生首を掲げて見せる。その瞬間には、もう喜んではもらえないことがわかっていた。それでもボクは、ボクだって、女王様のために――。
ばしんと女王様の手が首を払い落とす。転がった首は今の女王様と似た表情をボクに向けて止まった。
「お前なんてもうたくさんだよ!これ以上私につきまとうんじゃない、汚らわしいっ!」
冷たい言葉が突き刺さる。もう慣れているから平気。それに、ボクはボクの女王様のモノ。どれだけ嫌われたって、女王様のもとにいなくてはいけない。他の誰のモノにもなりたくない。ボクは、ボクの女王様だけのモノ。
不意に後ろから声がした。
「そんなに怒ることはないだろうに」
途端に女王様の顔がきまり悪そうに緩む。
「だって、あなた・・・」
もごもご何か言おうとした女王様は、結局それ以上何も口にせず、僕を一睨みして去っていった。
「君が気にすることはないよ。機嫌が悪いだけだから」
嫌な声はまだ聞こえる。この人と二人きりにはなりたくないのに。
「ねえジャック。何をそんなに嬉しそうに持ってきたんだい。僕にも見せてごらん」
答えずに立ち去ろうとしたボクを後ろから伸びてきた手が押さえる。
「君もご機嫌斜めだね。ほらおいで」
そのまま引き寄せられ腕に抱かれる。相手は王様だからこれ以上逆らうわけにはいかない。どういうわけか、彼はボクがお気に入りなのだ。奥さんである女王様をほったらかすほどに。
「クイーンのことはもういいじゃないか。僕は君のことを愛しているよ」
虫唾が走る。
「ボクは女王様のモノです」
「つれないねえ」
「わかりません」
「仕方ないな君は」
ふう、とため息をつくと王様はボクから離れて一層耳障りな猫なで声を出した。
「あとで僕のところにおいで。タルトも用意してあげよう」
絶対に行かない。
女王様はボクが嫌いだ。ボクが王様をたぶらかしたと思っているから。ボクはそんなことしないのに。ボクは、ボクの女王様だけのモノ。他の誰のモノにもなりはしない。
それなのに。
もう二度と王様の部屋には行かない。
ああ、どうすれば女王様はボクを許してくれるだろう。本当はあの気味悪い笑みを浮かべる王様の首をはねてやりたいけれど、女王様の大事な人だからそんなことをするわけにはいかない。そうでなかったら今頃首どころか全身ズタズタにしてやったのに!
ああ女王様。ボクの女王様。ボクが貴女のためにできることなんて、貴女の命令のままに首をはねることくらい。今までも、そしてこれからも。それを失ってしまったら、ボクはどうやって生きていけばいいのですか。
――いっそ、ボクの首をはねてしまおうか。
そうしてボクの首を女王様に捧げられるなら。ボクの首を女王様が抱いてくれるなら。僕のことを許してくれるなら。ああ、ボクの女王様。もう一度、ボクを愛してくれるなら。
ボクは首だけになってもかまわない。
――でも、どうせボクの首はあの子の首のように捨てられて、最後には王様に拾われるんだろうな。
その前に、女王様が首をはねたがっていたやつはまだいるから、そいつらの首をはねてやろう。そうして首の山をボクの女王様に捧げよう。抜かれた薔薇の代わりに、首で中庭を彩ろう。
そして、ボクの女王様。お前の首もはねておしまい、と、ボクに命じてください。貴女のためなら、ボクは喜んで首になります。
ああ、どうか、ボクを貴女のモノでいさせてください、ボクの女王様。王様に奪われないように。
更新日:2019-12-07 00:07:32