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第四章
「私、魔法使いって杖を使うものだと思ってたんだけど、薬屋さんもノエルさんも、杖を持ってないのね」
薬を作るアラベルの手元を見ながら、ベスナは問いかけた。そうですね、とアラベルは薬粉が飛ばないようヴェールの下で静かに口を開く。
「そもそも杖というのは、自分自身が持っている魔法の力が弱い人が使うものなんですよ」
「そうなの?」
「ええ。魔法の力が弱い魔法使いは、そういった媒体を介すことで力を増強させるんです」
「アラベルもノエルも」と、ニコル。「杖なんか使ったら大変なことになっちゃうよ」
ふうん、と呟いたベスナは、あることを思い出して言った。
「そういえば、イアンは魔法を使うときに瓶を持っていたわ」
「ああ……彼は薬を媒体にして、自分の魔法の力を増強させていたんですよ」
「へえー……杖でなくてもいいのね」
「魔法使いには、それぞれのやり方がありますから」
感心していたベスナが突然、ハッとして作業台の下にもぐり始める。どうしたの、とニコルが首を傾げると、しっ、とベスナは唇に人差し指を当てた。
ニコルが顔を上げるのとほぼ同時に、店の扉が開いた。そしてジェマが顔を出す。
「アラベル。姫様が来てるだろう」
「ああ。ここにいるよ」
ジェマの問いにアラベルがあっさりと机の下を指差すので、もう、とベスナは肩を怒らせた。
「どうしてバラしちゃうの!」
「ジェマに怒られるの嫌ですもん」
「薬屋さん、子どもみたい」
「姫さんもね」
「姫様。王陛下がお呼びです。城に戻りましょう」
机の下から這い出ながら、ベスナはジェマの言葉に目を丸くした。彼女のスカートに、床に散っていた薬粉がついてしまうので、ニコルがベスナのスカートを払ってやる。
「何かあったの?」
「お話がおありになるようです」
「ふうん……分かったわ」
1
氷の城から戻った翌日、ドリスとノエルは当初の予定通りバグウェルの第二分隊の護衛のもと、西の国への帰路についた。それから一週間が経って、何事もなく平穏な日々が続いている。闇の悪魔に国を乗っ取られていたなど、夢だったのではないかと錯覚するほどだった。
「お話って何かしら」ベスナは言った。「悪いことじゃないといいんだけど」
「おひとりで黙って町に行ってしまうので、お説教じゃないですか?」
涼しい顔でさらりとジェマが言うので、ベスナは唇を尖らせた。
城に戻るとジェマと別れ、父王がいるという執務室へ向かう。ベスナが扉をノックして執務室に入って行くと、父王と兄とともにアンが待っていた。
「おお、ベスナ。戻ったか」
「お話って何?」
ベスナがそう問いかけると、グスタフ王はアンの肩に手をやった。
「実は、アンを新しい王妃にしようと思うのだ」
突然の父王の言葉に、ベスナは驚いて言葉を失う。口をぽかんと開けたままベスナがアンを見遣るので、アンも苦笑いを浮かべた。ベスナは、どうにか言葉を絞り出す。
「それって……父様とアンが結婚するってこと?」
「そういうことになる。それとな」
笑みを湛えてそう言い、グスタフ王がアンの背後に視線をやった。アンの背後から、青い軍服に身を包んだ青年が前に進み出る。その青年に、ベスナはハッと息を呑んだ。
「ずっと心配しておっただろう。ロッドセンだ」
「……」
ベスナはまた、言葉に詰まって父を見遣った。グスタフ王は優しい笑みを浮かべ、頷く。
十年前、魔法使いの大叔父について修行するため城を出た、ベスナの双子の兄ロッドセン。三年前、大叔父が命を落とした何らかの事件に巻き込まれ、消息も安否も不明となっていた。
薬を作るアラベルの手元を見ながら、ベスナは問いかけた。そうですね、とアラベルは薬粉が飛ばないようヴェールの下で静かに口を開く。
「そもそも杖というのは、自分自身が持っている魔法の力が弱い人が使うものなんですよ」
「そうなの?」
「ええ。魔法の力が弱い魔法使いは、そういった媒体を介すことで力を増強させるんです」
「アラベルもノエルも」と、ニコル。「杖なんか使ったら大変なことになっちゃうよ」
ふうん、と呟いたベスナは、あることを思い出して言った。
「そういえば、イアンは魔法を使うときに瓶を持っていたわ」
「ああ……彼は薬を媒体にして、自分の魔法の力を増強させていたんですよ」
「へえー……杖でなくてもいいのね」
「魔法使いには、それぞれのやり方がありますから」
感心していたベスナが突然、ハッとして作業台の下にもぐり始める。どうしたの、とニコルが首を傾げると、しっ、とベスナは唇に人差し指を当てた。
ニコルが顔を上げるのとほぼ同時に、店の扉が開いた。そしてジェマが顔を出す。
「アラベル。姫様が来てるだろう」
「ああ。ここにいるよ」
ジェマの問いにアラベルがあっさりと机の下を指差すので、もう、とベスナは肩を怒らせた。
「どうしてバラしちゃうの!」
「ジェマに怒られるの嫌ですもん」
「薬屋さん、子どもみたい」
「姫さんもね」
「姫様。王陛下がお呼びです。城に戻りましょう」
机の下から這い出ながら、ベスナはジェマの言葉に目を丸くした。彼女のスカートに、床に散っていた薬粉がついてしまうので、ニコルがベスナのスカートを払ってやる。
「何かあったの?」
「お話がおありになるようです」
「ふうん……分かったわ」
1
氷の城から戻った翌日、ドリスとノエルは当初の予定通りバグウェルの第二分隊の護衛のもと、西の国への帰路についた。それから一週間が経って、何事もなく平穏な日々が続いている。闇の悪魔に国を乗っ取られていたなど、夢だったのではないかと錯覚するほどだった。
「お話って何かしら」ベスナは言った。「悪いことじゃないといいんだけど」
「おひとりで黙って町に行ってしまうので、お説教じゃないですか?」
涼しい顔でさらりとジェマが言うので、ベスナは唇を尖らせた。
城に戻るとジェマと別れ、父王がいるという執務室へ向かう。ベスナが扉をノックして執務室に入って行くと、父王と兄とともにアンが待っていた。
「おお、ベスナ。戻ったか」
「お話って何?」
ベスナがそう問いかけると、グスタフ王はアンの肩に手をやった。
「実は、アンを新しい王妃にしようと思うのだ」
突然の父王の言葉に、ベスナは驚いて言葉を失う。口をぽかんと開けたままベスナがアンを見遣るので、アンも苦笑いを浮かべた。ベスナは、どうにか言葉を絞り出す。
「それって……父様とアンが結婚するってこと?」
「そういうことになる。それとな」
笑みを湛えてそう言い、グスタフ王がアンの背後に視線をやった。アンの背後から、青い軍服に身を包んだ青年が前に進み出る。その青年に、ベスナはハッと息を呑んだ。
「ずっと心配しておっただろう。ロッドセンだ」
「……」
ベスナはまた、言葉に詰まって父を見遣った。グスタフ王は優しい笑みを浮かべ、頷く。
十年前、魔法使いの大叔父について修行するため城を出た、ベスナの双子の兄ロッドセン。三年前、大叔父が命を落とした何らかの事件に巻き込まれ、消息も安否も不明となっていた。
更新日:2019-08-28 10:56:19