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第三章

   第三章

 彼は、ベスナの手を強く握っていた。
「魔法の修行に出ることになったんだ。大叔父様の弟子になる。……もしかしたら、もう会えないかもしれないけど……大丈夫。僕たちは双子だし、母様からもらったこれもある。だから……大丈夫。僕たちは、つながっているよ」
 ベスナは何も言うことができず、ただ、首を振っていた。

   1

(……また、ロッドセンの夢……)
 夢から目を覚ましたベスナは、窓の外を見上げた。空は青く晴れ渡っている。しかしベスナの気分は、暗く落ち込んだ。
 闇の悪魔の魔物から国を取り戻してから一週間。東の国はいつもの平和を取り戻している。ベスナもいつもの日常を取り戻していたが、グスタフ王は呪いの影響かまだ体調がすぐれないらしく、それだけが気がかりだった。
 身支度を整えて部屋を出ると、アンが彼女の部屋に向かって来るところだった。
「おはようございます、姫様」
「おはよう、アン」
「あら……姫様、なんだか元気がないみたいですけれど……」
 ベスナの微笑みを見たアンが心配そうに言うので、ベスナは肩をすくめて言った。
「またロッドセンの夢を見たの。今日は、ロッドセンが城を出たときの夢よ」
「ラインフォルト卿と一緒に出て行かれた日ですわね」
 十年前、ベスナの双子の兄ロッドセンは、元王室付き魔法使いでベスナの大叔父にあたるラインフォルトが、この城を退職したときに弟子について修行の旅に出たのだ。
 三年前、ラインフォルト大叔父は亡くなった。ベスナは詳しいことは分からなかったが、それから、ロッドセンの安否も行方も不明となっている。
「そういえば、ラインフォルト大叔父様も薬屋のヴェールをしているのを見たことがあるわ。薬屋さんは大叔父様のこと、何か知らないかしら?」
「もしかしたら、何かご存知かもしれませんね」
「今日は町のお店にいるかしら」
「お勉強が終わってからですよ、姫様」
「えー……」

   *  *  *

 昼過ぎ、ベスナが教育係に捕まって苦手な勉学に励んでいる頃、西の国の女王ドリスがノエルを護衛に東の国に到着した。グスタフ王は闇の悪魔の呪いの名残で体調が芳しくなく、私室に彼女たちを招き入れる。ドリスとノエルはグスタフ王との再会を喜び、互いの無事を称え合った。ラシェルも、ドリスと力強く握手を交わす。
「攻撃を受けているあいだ、あなたたちも大変だったろう」グスタフは言った。「西の国の民には、申し訳ないことをした」
「いいえ、東の国の責任じゃありませんよ」と、ドリス。「それに、あたしたちも民も、みなピンピンしてます」
「だが、少なからず被害はあるだろう。できる限りのことはする。なんでも言ってくれ」
「ありがとうございます。そのお言葉だけで充分ですよ」
 ドリスは穏やかな笑みを浮かべて言ったが、グスタフ王は納得がいかないようだった。それより、とドリスは無理やりに話題を変える。
「いまは、闇の悪魔をどうにかするために手を組んだほうが得策だと、あたしたちはそう考えています。我が国と東の国が乗っ取られれば、北の国と南の国も陥落する……この大陸に生きるすべての民のために、ともに戦いましょう」
 力強いドリスの言葉に、グスタフも頷いた。

更新日:2019-08-28 10:43:27

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