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小説

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亡者の夜 9

 アイリーンはケリーの無残な焼死体を抱くレビンの前で跪いた。
「レビン、ごめんなさい。あたしのせいで……。あたしは、あたしはどうすればいい?」
「君のせいではないよ、アイリーン。これは私のせいなんだ。だからもういいんだ。妻を、ただ、自由を欲しがっただけの妻を、どうか赦してやってくれ。トニーデの幻影から、せめて解放させてやってくれ……」
 レビンは深く吐息を漏らすと、静かに横たわった。ケリーの頭を抱いたまま、安らかな死に顔で息を引き取った。出血が酷かったのだ。
「レ、レビン?嘘よ……。なんであなたまで!」
 アイリーンはがたがたと震えだした。あの時、涙と共に零れ落ちた何かが、涙となってまた戻ってきた。大切なものを失った苦しみが、アイリーンの真心を引き裂いた。
「なんでよ……?なんでなのよ。なんで誰もあたしを責めないのよ。レビンもケリーも、ジャグリーンもエドも、みんな大嫌いよ!だって……、だって、あたしを裏切ったんだもん!なのに、なんであたしの方が苦しまなければいけないのよ!」
 ロージーはアイリーンを見ていられなかった。
「そんなに自分を責めないで」
 泣き崩れたアイリーンの傍らで、ロージーはその肩を抱くことしかできなかった。アイリーンはその手を払い除けた。
「どうせあんたも、あたしが悪いと思ってるんでしょう?ええ、そうよ!全部あたしのせいだもの。あたしが全てを奪ったのよ!」
 アイリーンの叫びがロージーの心を抉った。全てが嫌なものになってしまう。
「わたしだって同じよ。そうやって何もかもを呪ったわ。自分自身などこのまま消えてしまえばいいと、いつも自分を責めたわ。でも、そうやって恨んで憎んで責め続けても、結局いいことなんてなかったわ。自分の心が日に日に死んでいくのが分かったから。だからそうやって生きるのは間違いだって、いつか知らなきゃいけないのよ」
「そんなことできるわけないじゃない!いつかっていつよ?なんであたしばかり苦しまなければならないのよ?あたしは裏切られたのよ!でも、全部が間違ってた……。どうすればそれを認められるのよ?あんたがあたしと同じだって言うなら、教えてよ!」
 アイリーンはロージーの襟元を掴み、訴えた。
「そんなこと教えられるわけないじゃない!誰も教えられないわよ!だから、苦しいんじゃない。この苦しみから逃げたくても逃げられないから、そんな自分自身だけは裏切ることができないから、だから、あなたとわたしは同じなのよ。だから、もう、せめて、自分ばかり責めないで……。お願い」
 ロージーはアイリーンの腕を掴み、首を振った。
「そんなのずるいじゃない……。じゃあ、誰を?何を責めればいいの?何を許さなければいいのよ!あたしは、あたしは、そんなずるい人間になんかなりたくない……」
 矛先のない苦しみに、ロージーは涙を堪えきれず、アイリーンを抱きしめていた。それがどれほど身につまされるのか、胸を掻き毟るほどによく分かっていた。わたしがこの娘の身体と共に抱いてあげられるのは、苦しいということを理解してあげられるこの涙だけ。
 あなたもわたしも、いつか、自分自身を許せる日が来るなら――そう願った。
 フォルテモは遠くからじっとその姿を見ていた。もうきっと大丈夫だと、フォルテモは思った。口の中の嫌な違和感は消え失せていた。
 突然、雷鳴のような怒号が響いた。
「ええい、この馬鹿者が!」と怒りも露に、ダンパーがロッシュを怒鳴りつけていた。ロッシュは剣を納め、極度の疲労のため、年寄りの説教を煙たそうにしていた。
「何故斬らんかった?間に合わなかったらどうする気だったのじゃ。送りの祈りは時間が掛かるのはおまえも知っておろう。術者がどこにいるかも分からん状態で、貴様は戦士失格じゃぞ!」いくら捲くし立てても怒りが治まらず、ダンパーはロッシュを激しく睨みつけていた。「何故、何も言わん?黙っておっては分からんわ!」
 ロッシュは深く溜め息を漏らした。
「俺みたいな戦士の剣じゃなく、祈り手の祈りで送ってやりたかった。それだけだ」
 ロッシュは火の粉となって辺りを漂い舞い上がっていく、魂の残り火を見上げた。死者の魂が星に帰るという由縁だ。送りの祈りによって冥府へと旅立つ魂と、解き放たれた魔法の呪縛が昇華していた。滅多に見られるものではない。
 ダンパーはまた怒りが込み上げ、その怒りをぶちまけるように大きく息を吐き出した。
「感傷しおって!」
 もう一度ダンパーは息を大きく吐き出し、ロッシュと共に星空を仰いだ。
「わしのような半端な祈り手の祈りで、ちゃんと送れればよいがのう」
「送れるさ」
 ロッシュは魂が帰り着く夜空の星を、遠く見上げていた。

更新日:2019-08-15 10:04:03