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その7

その7
リゾルブ



ケイコは”自宅”に戻っていた。

母親と久しぶりに昼食を共にし、南玉連合の”役”を降りたと告げた。

母の美佐はホッと胸をなでおろし、「よかった。これで安心したわ、やっと」と、ケイコの決断を歓迎した。

「これから、学校に行ってくるよ。新学期から部活、また始めたいって話してくるわ」

「そう、それがいいわ。また普通の高校生に戻ってね、お願いよ」

美佐は、ケイコのこの言葉をなにより、待ち望んでいたようだ。

安どの表情だし、手放しで喜んでる。

しかし、そんな母の姿を見ていると、ケイコの胸は張り裂けそうだった。






”あの件”がもうすぐ明らかになる。

そうなれば母親だけでなく、家族全員、悲しみのどん底だろう。

”ゴメン、謝っても済まないことしてるんだ、私”

久々の温かい手料理を口にしている、ケイコ。

しかし皮肉にも今、噛みしめているのは、目の前の現実だった。

それは、苦い味以外の何ものでもなかった。

”だから、せめてそれまでの間、元に戻りたいんだ…”

ケイコの胸中には、切実な悲鳴のようなものが、こだましていた。


...


麻衣に”あの出来事”を告げられてから、ケイコはいろいろ考えた。

まだ、死にたくなるほど落ち込んでいたし、しょげていた。

でも今、真正面にあるのはアキラと約束したことじゃないのか。

それが一番、大事なことじゃないかと。

結局、そこに辿り着いた。

まずは、できるだけのこと、やってみるべきだろうと。

ホントにしんどい、めげそうだけど、可能な限りは踏ん張ってみようと。

盛夏にケイコはこう期した。

”そして待とう、アキラと会える時まで…。それでアキラが許してくれるかは、分からないけど”

ケイコは昼食を終えると、自転車で滝が丘高校へと出かけた。

...


その日の午後、滝が丘高校に出向いたケイコは、陸上部顧問の志田先生に会い、休部の返上を申し入れた。

顧問からは、その場で即、了解がもらえた。

あっけない復帰の許可に、ケイコは戸惑いがちに言った。

「あのう、先生。一応、主将と主だった部員には話をしてもらってからで…」

顧問は思わずハハハと声を上げ、ケイコに答えた。

「主将の桑原がさ、みんなの同意を取りまとめとめてあるんだ。横田が戻ってくると言ってきた時、すぐ対応できるようにね、」

ケイコは良きライバルでもある、同級の主将、桑原里美子に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

”ありがとう、リミ。そしてゴメン…”

ここまでみんなに気遣ってもらってるのか、私…。

今までの休部の経緯や、今の自分が抱えている”諸事情”を考えるに付け、ケイコは心を痛めた。

...


職員室を出る間際、志田先生は、ケイコの母が何度かケイコのことで相談に来たことを伝えた。

高校に入ってから、交友関係が乱れていると…、心配だと。

志田先生は、「競子さんは、しっかりしてる。滝が丘でピカ一の生徒ですよ。心配いりませんよ」という対応をしたと、ケイコに微笑しながら告げた。

ただその後、ちょっと間をおいて、「横田は奔放だからな…。まあ、いくら我々が太鼓判を押す生徒でも、親御さんからすれば、気が気じゃない。ハラハラするのは当然だ。少しでいいから、自重しろよ。オレは信頼してるけどさ、お前のことはな」

先生はおそらく、なにも知らない。でも、何か感ずるところはあったんだろうと、ケイコは咄嗟に考えた。

私のこと、信じてくれてるから、”この程度の言葉”で留まるのだろうと。

”先生、ゴメン。いずれ私のこと失望する…”

ケイコはまた心の中で謝っていた。

”ここんとこの自分、謝ってばかりだ。心ん中で…”

これはケイコの偽ざる実感であった。


...


ケイコは校庭のど真ん中に立っていた。

今日は屋外の部活動はなく、この瞬間、校庭にはケイコ一人だった。

この時、ケイコは必死に、自分に問いただしていた。

たしかに自分は、周りから好意的に評価されるのに慣れ過ぎてしまったと、ケイコは今さらながら気づいた。

周囲からの訓戒などは無縁で、それが小さい頃からずっと続いてきたのだ。

だから、奔放な性格の自分が”一線”を越えることも、安易にできてしまったのかも知れない。

その結果は必然で、今日、今現在の自分ではないかと…。

ケイコは炎天下のグランドに佇み、ここで無心にハードルを越えていた自分を思い返していた。



更新日:2019-08-12 21:29:30

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