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小説

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トニーデの幻影 9

 レビンは小さな領主の長男として生まれた。生来の好奇心のお陰で、領主の長男としての自覚が芽生えず、やがて町から町へと放浪する旅人となった。それが十八歳の時だ。楽器を弾けたため、楽士として路銀を稼いだりもし、退魔の祈りを捧げられる僧を同伴した商隊や、同じような旅人と同行し、亡者の脅威を退けながら旅を続けた。レビンは旅の中で、妖精というものに深い興味を覚えた。大呪戒以降、精魂は消え去る一方だと囁かれている中、時折、妖精を目撃する機会があったからだ。そうした妖精を知りたいと、レビンは旅の一つの目的としていた。妖精を知ることは時に危険なことでもあるが、大呪戒以降の大陸の何かが分かるような気がしたからだ。何故なら、妖精は精霊の子供ともいわれているからだった。
 そんな気ままな旅を続け四年も経った初夏の頃、いつものように立ち寄った村で、レビンはケリーと出会った。レビンが立ち寄った村は、スヴェロンという豊かな村だった。この地に浸透するメルビス教の中心となる大神官テイジンが所領するレンブランから、はるか北にある村だった。
 レビンは村の宿場へと向かうと、竪琴を片手に弾き語った。村では珍しかったのだろう。人だかりはすぐできた。その中に、まだあどけないケリーもいた。演奏が終わった後、皆が何かしら銅貨や食べ物をレビンに渡したが、ケリーは渡せるものがなく、俯いて立ち尽くしていた。
「気にすることはないよ。商売じゃないんだから、また明日も聞きにくるといい。私はしばらくこの村に滞在する予定だから」
 レビンがそう言うと、ケリーははにかんで去っていった。可憐な少女だった。
 数日が過ぎたある夜、レビンはバゾンという中年の富農の屋敷に持て成された。ケリーはその富農の許で暮らしていたようだ。ケリーが大層レビンの歌を気に入ったというので、是非家で聞かせて欲しいということだった。レビンは快く申し入れを受け、ケリーのために歌い聞かせた。歌というものを聴いたことがないらしく、うっとりとケリーは聴いていた。歌の合間に冗談を交えて話すと、とにかくよく笑う娘だった。まるで何もかもが新鮮に感じる子供のようだった。演奏も終わり、夜も更けた。ケリーは寝室へと戻っていくと、レビンはバゾンに娘について色々と聞かされた。
 ケリーは寺院の下働きやら水車小屋の粉挽きやらと、あちこちで働いているらしい。一月ほど前に村で行き倒れていたケリーをバゾンが救ったという。まだ十六という娘だったケリーはどこから来たのか、そしてどこへ行こうとしていたのかという問いに、ただ、自分には行く所も家族もいないという、天涯孤独の身であることを明かした。バゾンはケリーを自分の許で引き取ろうと、村の司祭と村長と話し合い、ケリーを自分の許で受け入れることにした。ケリーはとても感謝し、一生懸命村のために働いた。
 ケリーが訪れてからというもの、村はどこか華やいだ。心優しい娘だった。村人一人一人によく気の利く、気立ての良さが誰からも愛されていた。
 バゾンは言った。「私はこの歳でも一人身だ。妻も子供もいない。ケリーのお陰で、この広い屋敷に、まるで幸運の妖精シルキーが住み着いたようで、随分と華やいだよ」と。
 レビンはバゾンという男が気に入った。バゾンから、ケリーのためにもうしばらくこの村に滞在してくれないかと頼まれた。それまでの一宿一飯の面倒は見ると言われ、急ぐ目的のある旅でもなし、バゾンの言葉に甘えることにした。
 十日も経った夜、レビンは寝苦しくて夜風に当たろうと外を散策すると、村の外れの泉でケリーが水浴びをしていた。泉から上がったケリーが衣服に着替えようと背を向けた時、レビンはその背に、月光に照らされた罪業の印を目の当たりにした。
「あれはトニーデの奴隷の烙印」
 ケリーの背には大きな烙印が押されていた。背後の気配に気づいたケリーは振り向き、そこで俯いてしまった。
「見てしまったのですね?」と、ただ一言そう言った。
 レビンは何かの間違いだと思った。この娘が罪人だとは信じられなかった。
「いや、私は何も見ていないよ、ケリー」
 そう答えた自分が何を思ったのかは分からない。ただ、まだ半月ほどだが、この娘が咎人だとは思えなかった。何よりも村の者たちによく愛されていた。レビン自身、ケリーには何か惹かれるものがあった。誰よりも日常を愛している、と言えばいいのだろうか。
「お願いです。どうか、この背の烙印のことは忘れてもらえませんか?わたしは一度でいいから、自由が欲しかった。空を飛ぶ鳥たちに、その羽を乗せる風に、いつも思い馳せていました。わたしを苦痛という枷から、遠いどこかへ連れ出して欲しかった。お願いです、レビン。どうか、忘れてください。わたしは自由を手放したくないのです」

更新日:2019-08-12 15:58:00