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小説

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トニーデの幻影 1

                   
 朝日も昇り、東へと延びる大きな街道は、その南北を広大な麦畑に挟まれていた。とはいえ季節は葡萄月(九月頃)。刈り入れもとうに終わり、街道の南では家畜が放牧され、北側では山のような藁を荷車に積む農夫たちの姿もあり、長閑な風景が広がっていた。もう少し先を望めば、果樹園が広がりだす。こちらは間もなく収穫時期に入る頃だ。
 そんな街道を、見事な軍馬に跨る騎士たちが通っていく。鎖鎧に身を包む騎士たちの先頭には、一人兜を被らぬ勇壮な男が軍馬を駆っていた。歳は四十ほどであろうか。耳元で切り揃えた修道僧のような髪に、威厳を放つ厳しい目つきは真っ直ぐにその行く道を見据えていた。この辺り一帯を治めるビョルンその人だ。この地方では英雄と名高いグルーデンス家の当主でもあった。彼が率いる騎士に続き、歩兵がその手に槍や弓を携えていた。総数は二百を優に超えるだろう。農夫たちは誰もがその手を休めて彼らに一礼し、そして戦の予感に立ち話に華を咲かせていた。
 街道を更に東へ進み果樹園を越えると、マローニュと呼ばれる農村がある。東の境界付近にある村だ。ここマローニュでも、朝早くから戦支度を始める者たちが、村の中心にある寺院の前で集まり出していた。長閑な村が慌しくなる中、村人たちは不安を隠せずに井戸端会議をする者で溢れた。
 村の傍らを流れる小川の水車小屋では、粉挽きとして小領主に雇われている仲睦まじい夫婦が暮らしていた。夫のレビンは妻のケリーと一人の戦支度を終えた兵と共に、遅い朝食をようやく取ろうとしていた。炉の前の食卓には普段よりも少し豪勢に朝食が並んだ。夫妻と卓を囲む兵は筋骨隆々の大柄な体で、窮屈そうに古びた鎖鎧を着ていた。剃り上げた頭と褐色の肌で、年齢はもう五十になる頃だろう。一方の夫妻は村人たちと同じ格好だ。レビンは長袖のチュニックにズボン、そして頭巾を背中に垂らしている。妻のケリーも長袖の下着の上からチュニックを重ね、腰に帯を巻いている。頭巾の代わりにケリーはスカーフを巻いていた。夫のレビンは三十代前半の歳で、長い黒髪を後ろで無造作に結っている。妻のケリーは二十代も半ばを過ぎた歳で、黒い髪を肩口で切り揃えていた。
「さあ、ネブラカネーザ。たんと食べていって」
 ケリーはネブラカネーザに食事を勧めて、自分も席に着いた。
「ありがとう、ケリー。俺みたいな罪人に、こんなもてなしまで」
「何を言っているの、ネブラカネーザ。わたしたちだってこの村じゃ余所者よ。そんなわたしたちに、いつも気を遣ってくれていたのはあなたじゃない」
「そうだよ、ネブラカネーザ。君のお陰で村の守り手は力をつけてきたし、私たち夫婦もこのマローニュでもなんとか上手くやっていけているんだ。小領主に雇われて村落に身を置く者は、どこでも目の仇にされるからね。我々はその中じゃ恵まれている方さ。村人たちも君のお陰で、それなりに接してくれる」
 ネブラカネーザは乾いた笑みで、肉のスープを一口運んだ。
「俺は何もしてないよ、レビン。少しだけみんなに口添えしただけさ。何よりも、君たちの人柄が評判を変えたんだ。それに、粉挽きや釜職人が嫌われるのは、小領主に懐柔されていいように言いなりになっている奴らばかりだからさ。だけど君たちは罪人の俺に、まるで家族のように接してくれた」
 ケリーは同情の顔を浮かべ、小さく首を振った。
「でも、あなたの罪は濡れ衣じゃない。腕の立つ戦士に濡れ衣を着せて罪人として貶め懐柔するなんて、気の毒だけれどよくある話だわ。わたしたちはあなたの無実を信じているもの。頼りない村の守衛に対し、あなたはその腕を見込まれてこの村に来たのだから」
「ありがとう、レビンにケリー。俺ももう五十を数える。戦士としては長生きした方さ。だから、俺の最後の望みでもあるんだ。戦士として死にたいと思っている。この村はいい所だ。俺に人として接してくれる君たち二人を、ちゃんと守りたいんだ」
「ネブラカネーザ……」
 レビン夫妻は、もしかしたらこれが最後になるだろうネブラカネーザの姿に、憐れみを向けた。これから向かう戦場は、人であって人でないような呪われた連中が敵なのだから。
 

更新日:2019-08-12 11:55:07