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小説

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令和元年7月12日 22時 徳永清一郎・巻龍 自宅

 蘭鋳椿偏屈堂は午後九時に閉店する。二人で閉店作業を行いながら、その日に会ったことを話すのが、清一郎と龍の日課になっていた。

 その日店を訪れた客のこと、それぞれの仕事のこと。仕事から解放されて、リラックスした状態で話し合うこの時間を二人とも気に入っていたが、今日は二人とも何処か落ち着かなかった。

 無理もない。清一郎は帰りに立ち寄った居酒屋の店主から、龍は店を訪れた客の女から、それぞれ「お互いには内緒にしてくれ」と、洗濯物を頼まれていたのだ。

「兄貴、今日お酒飲んできた?」

 龍が清一郎に尋ねる。彼は人一倍、匂いに敏感であった。
 普段の清一郎がしている何気ない行動も、龍の手、もとい、鼻にかかればすべて丸わかりである。

「匂いから察するにビールやな。あとお出汁っていうか、お醤油の匂いがする。いつも飲んできてる時より汗を掻いてるところを見ると、何かあったかいもん食べてきたんやろな」

 清一郎は驚いていた。もちろん、龍の分析は彼と暮らし始めてから何度も見てきているのだが、清一郎のその日の動きを匂いだけでいとも簡単に分析し、推理する龍に、清一郎はいつも驚かされるのである。

「そう。会社の近くに新しい店が出来ていてね。そこでビールとおでん。いい店だったよ。俺の会社から歩いて五分くらいのところにある『地平線』って店だ」

 じゃあ俺も連れて行ってや、とは、龍は言わない。お前も行くか、とも、清一郎は尋ねない。龍の答えは決まっているからだ。

 酒好きの清一郎と違って、龍は殆ど酒を飲まなかった。
 酒の誘いをしても、「俺はええわ」と言われてしまうことは分かっていたので、清一郎は龍を飲みには誘わない。
 恐らく遺伝性のものだろう。龍の姉もそこまで酒が強い訳ではないということを、清一郎は知っていた。

更新日:2019-08-17 07:43:32