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小説

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令和元年7月13日 19時 徳永清一郎・巻龍 自宅

 洗濯された綾子の服を、清一郎と龍は一枚ずつハンガーにかけて、ベランダの物干し竿に干していく。
 男の二人暮らしではありえないような、色とりどりの女性物の洋服が並ぶ光景が、二人の間での毎月の習慣になっていた。

「兄貴、こっちも出しといた方がええんとちゃう? 今月はアウターやったけど、流石にこれも毎回手洗いはしんどいやろ……」

 そう言って龍は清一郎のもとに一枚のドレスを持ってきた。
 空色のサテン生地は同色のレースで覆われ、首元はシースルーになっている。
 裾の後ろ側は足首まであるが、前に回るとスカート丈は綾子の膝の少し下までしかなく、魚の尾びれのように見える。

 十三年前、「名もなき道」が様々な賞を受賞したとき、綾子が着ていたのは、どんな賞でもいつもこのドレスと決まっていた。
 大きな事務所に所属し、スタイリストに衣装を用意してもらえる他の俳優と違って、小さな劇場からいきなり映画の世界に飛び込んできた綾子は、自分で授賞式のためのドレスを用意しなくてはならなかったのだ。

 綾子が授賞式でいつも同じ空色のドレスを着て、名だたる俳優たちと並んでいる姿を、清一郎は何度もテレビで見た。
 その時はただ、自分がその作品に関われなかった悔しさしかなかったが、十三年も経つと、気持ちも変わってくる。

 綾子が「名もなき道」で最優秀主演女優賞を受賞したとき、その他に優秀主演女優賞や優秀主演男優賞にノミネートされた俳優たちは、その後も映画やドラマなどで目覚ましい活躍を遂げている。
 あれから十三年経った今でも変わらず華々しく姿を見せ、迫真の演技で視聴者や観客を魅了している。

 名声を得たのは、何も俳優だけではない。
 その年に最優秀監督賞を受賞した監督の最新作が近々公開されることになっているが、公開される前から、すでにマスメディアから「この夏の最高傑作」と謳われている。

 この年に「名もなき道」のエーテル神坂と最優秀脚本賞を争った脚本家は、その持ち前の構成力を活かして在京キー局の看板枠の連続ドラマを手掛けた。
 また、日本でもトップクラスの人気劇団に脚本を提供した舞台が全国で上演されることも決まっており、チケットは即日完売したとニュースになっていた。

 もしかしたら、演劇集団北極星は、こうした表現者の集まりとされるような集団だったのかもしれない。
 その機会を潰したのは、他ならぬ自分なのではないかと、清一郎はふと考えてしまった。

 自分が「名もなき道」に出演するチャンスを逃したから、というくだらない理由で演劇集団北極星を辞めていなければ、神坂はあの時の最優秀脚本賞の受賞者のように、大きな仕事をいくつも手掛けていたかもしれない。
 この夏の最高傑作を撮ったあの監督のように、名作を生み出す演出家になっていたかもしれない。
 清一郎はつい、そんな後悔の念に駆られてしまう。

更新日:2019-11-19 03:19:08