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小説

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令和元年7月13日 18時 徳永清一郎・巻龍 自宅


 月命日である十四日には、綾子が生前に着ていた服をすべて洗濯するのが、清一郎と龍の間での決まりになっていた。
 この洗濯は綾子が亡くなってから一年後の冬から始まって、何度も繰り返してきた。
 その中でも、綾子が冬になると好んで着ていた何枚かのアウターは、月命日の一週間ほど前に、清一郎が篠原クリーニングに出す。

 しかし、今日だけはどうしても都合がつかなかったのか、龍が洗濯物を取りに行くことになった。
 先程苦しい言い訳をして日南子の家を出てきた龍にとって、この頼まれごとはむしろ好都合であった。

 蘭鋳椿偏屈堂を右手に見ながら交差点まで歩いて、左に曲がってすぐにある白とピンクの店を、龍は初めて訪れた。
 眼鏡をかけて近い距離で見ると、確かに「藤原」ではなく「篠原クリーニング」と書いてあった。

 開いた自動ドアから中に入ると、七十歳を少し上回るくらいの女性が店先に立っていた。
 名前は分からなかったが、経営者夫婦の妻の方であることは明らかである。
 龍は彼女に、預けてある衣類が仕上がっているかどうか確認をした。

「すみません、徳永清一郎の代理の者ですけど、クリーニングってもう仕上がってますか? 黒いレザージャケットとチェスターコート、あとトレンチコートなんですけど……」
「それでしたら、もう仕上がってますよ。今持ってきますね」

 龍の質問に答えると、老婦人は、お父さん、と夫を呼んだ。お父さんと呼ばれた店主が二枚のコートを持ってくるまでに、時間は掛からなかった。
 体力勝負のクリーニング店を夫婦で切り盛りしているおかげなのか、年にもかかわらず、二人とも元気が良い。
 龍が微笑ましく見ていると、妻の方が龍に確認をした。

「こちらのコートでお間違いありませんね。お代はご主人から受け取っておりますので」

 ご主人、という言葉が、龍には引っかかった。清一郎に対応したのが夫の方であるとするなら、自分の夫を「ご主人」と呼ぶのは正しくない表現である。
 また、清一郎が先払いした料金を店主から受け取った話をわざわざする老婦人の意図も分からない。

更新日:2019-11-03 14:35:14