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第一章
ずっと音沙汰のなかった昔の知人から、フェイスブックに友達リクエストが届くということがある。
夏葉(なつは)はフェイスブックのアカウントを持ってはいたが使ってはいなかった。
赤の他人の生活の情報がいやでも入ってきて、なんで自分と関係のない人の生活を知らなければならないのだろうと思うようになって以来、開かないことにしていたのだ。
リクエストに着いていたメッセージを読んで、夏葉はびっくりした。
それはもう30年も前に、一緒に小学校へ通った道(みち)からのものだったからだ。
道は、みんなより幾まわりも小さくて、手や足が細かった。
体に比べていくらか大きめの頭はおかっぱで、黒い髪が紙人形みたいな白い顔をおおっていた。
唇は紫色だったが、その眼は漆のように黒く、まるで星のように輝いていた。
誰の目よりも活き活きしていた。
夏葉は道と仲良くなった。
他の女の子達はあまり夏葉を好いてはくれないのを知っていた。
というより夏葉は他の女の子たちの仲間には入れなかった。
だから自分と同じように一人ぽつんとしている道に近づいたのだろう。
道は心臓が悪かったから、みんなと一緒に走ったり、ボールで遊んだり、縄跳びをしたりができなかったのだ。
道は身体障害者、そして夏葉は心の障害者だった。
小学校を卒業すると二人は別々の中学へと進んだので、それ以来全く連絡は途絶えていたのだ。
正直言って夏葉は、道はとっくに死んでしまったと思っていた。
そんな噂を聞いたことがあった。
夏葉の両親は結婚がうまくいっていなく、家庭は冷たい冷蔵庫のようだった。
家族の愛情を知らない寂しい子供だった夏葉は、人と関わるのが苦手で友達ができず、自信がない反面強がって生きて行く術を身につけていった。
高校を卒業すると大学の人文科に進み、心理学を勉強した。
人間のことを知りたいと思ったのも、もともとは自分がだいぶ他人とは違っていたからだ。
人間とはどういうものかを知ることで、自分との共通点を見つけて、自分も他人と変わらないという認識を得たかったのだと思う。
書くことが好きだったせいもあり、学生のころから人間についての論文めいたものを同好誌に発表していた。
そのせいか卒業後はすんなりとある出版社へと入社することができた。
最初に受け持った仕事は女性向けの雑誌の編集であった。
ファッションや娯楽の記事が主で、ハイソサエティーのイメージのモデルたちが、一般庶民女性の憧れを募らせていた。
毎回美しいこと、楽しいこと、差し障りのないことを取り上げて、上品にまとめて行くのが夏葉の仕事だった。
だが夏葉はそれにはすぐに飽きてしまい、もっと現実的な社会問題を取り上げて、実情を読者に伝えたいと思うようになった。
そしてある新聞社の社会的事件を扱う週間雑誌の部へと移動して一介の記者となった。
それ以来夏葉は、社会の悪を暴露するために健闘し、報道の自由を奪おうとする権力と戦い続けてきたのである。
その仕事は厳しかった。
常に人と争っているようなゆとりのない毎日は、夏葉の心をぱさぱさに乾かし孤独にしていった。
そんなときに届いた道からのメールだった。
“なっちゃん、こんにちは。
私は道です。覚えていますか?
ずいぶん長いご無沙汰でしたね。
もしできたらお会いしたいのですが、ご連絡お待ちしています”
それだけの短いメーセージだったが、夏葉の心の中に懐かしさが広がった。
“みっちゃんが生きていたんだ”
そのことは夏葉を幸せにした。
久しぶりで感じた安らぎだった。
夏葉(なつは)はフェイスブックのアカウントを持ってはいたが使ってはいなかった。
赤の他人の生活の情報がいやでも入ってきて、なんで自分と関係のない人の生活を知らなければならないのだろうと思うようになって以来、開かないことにしていたのだ。
リクエストに着いていたメッセージを読んで、夏葉はびっくりした。
それはもう30年も前に、一緒に小学校へ通った道(みち)からのものだったからだ。
道は、みんなより幾まわりも小さくて、手や足が細かった。
体に比べていくらか大きめの頭はおかっぱで、黒い髪が紙人形みたいな白い顔をおおっていた。
唇は紫色だったが、その眼は漆のように黒く、まるで星のように輝いていた。
誰の目よりも活き活きしていた。
夏葉は道と仲良くなった。
他の女の子達はあまり夏葉を好いてはくれないのを知っていた。
というより夏葉は他の女の子たちの仲間には入れなかった。
だから自分と同じように一人ぽつんとしている道に近づいたのだろう。
道は心臓が悪かったから、みんなと一緒に走ったり、ボールで遊んだり、縄跳びをしたりができなかったのだ。
道は身体障害者、そして夏葉は心の障害者だった。
小学校を卒業すると二人は別々の中学へと進んだので、それ以来全く連絡は途絶えていたのだ。
正直言って夏葉は、道はとっくに死んでしまったと思っていた。
そんな噂を聞いたことがあった。
夏葉の両親は結婚がうまくいっていなく、家庭は冷たい冷蔵庫のようだった。
家族の愛情を知らない寂しい子供だった夏葉は、人と関わるのが苦手で友達ができず、自信がない反面強がって生きて行く術を身につけていった。
高校を卒業すると大学の人文科に進み、心理学を勉強した。
人間のことを知りたいと思ったのも、もともとは自分がだいぶ他人とは違っていたからだ。
人間とはどういうものかを知ることで、自分との共通点を見つけて、自分も他人と変わらないという認識を得たかったのだと思う。
書くことが好きだったせいもあり、学生のころから人間についての論文めいたものを同好誌に発表していた。
そのせいか卒業後はすんなりとある出版社へと入社することができた。
最初に受け持った仕事は女性向けの雑誌の編集であった。
ファッションや娯楽の記事が主で、ハイソサエティーのイメージのモデルたちが、一般庶民女性の憧れを募らせていた。
毎回美しいこと、楽しいこと、差し障りのないことを取り上げて、上品にまとめて行くのが夏葉の仕事だった。
だが夏葉はそれにはすぐに飽きてしまい、もっと現実的な社会問題を取り上げて、実情を読者に伝えたいと思うようになった。
そしてある新聞社の社会的事件を扱う週間雑誌の部へと移動して一介の記者となった。
それ以来夏葉は、社会の悪を暴露するために健闘し、報道の自由を奪おうとする権力と戦い続けてきたのである。
その仕事は厳しかった。
常に人と争っているようなゆとりのない毎日は、夏葉の心をぱさぱさに乾かし孤独にしていった。
そんなときに届いた道からのメールだった。
“なっちゃん、こんにちは。
私は道です。覚えていますか?
ずいぶん長いご無沙汰でしたね。
もしできたらお会いしたいのですが、ご連絡お待ちしています”
それだけの短いメーセージだったが、夏葉の心の中に懐かしさが広がった。
“みっちゃんが生きていたんだ”
そのことは夏葉を幸せにした。
久しぶりで感じた安らぎだった。
更新日:2019-10-03 18:42:27