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3話 再び黒荊邸へ すべてはここから始まった……

黒荊邸は、みんなそれぞれ格別な心情があったことだろう。
今となっては住む人もなく、ただ静かで広いだけの湖畔の洋館だ。

「さあ、皆さん中へどうぞどうぞ、とりあえず奥の広間へ、今暖炉に火を入れたところですので、暖かくなるまで少々お待ちを」
元黒荊家執事の平川が勝手知ったる屋敷の中へとみんなを案内した。
「ひゃー、これは聞きしに勝る大御殿ですなあ!」
「やっぱり、この広さでひと気がないと寒さ寂しさも半端ないわねー」
恩田夫妻が邸内をキョロキョロしながら平川のあとに続いた。
フッキーとスネちゃんはもう眠そうに「あした探検しようね、ふあああー」て具合でそれに続いた。
「うーん、寒い、寒い」
「あー、腹減ったー、腹減ったー」
とのぶチン教授と大木が呑気にボヤきながら、またそれに続いた。

一方、玄関前では寒空の下、桐島と紀緒彦らが屋敷の見取り図を睨みながら兵員の配置、及びモモコの安全な場所や避難経路などの打ち合わせをしていた。また、その間にも帝国軍の車両が続々到着し、大勢の帝国軍人が屋敷内に集結し溢れかえっていった。
そこに護衛を伴った帝国軍将校と思われる二人が駆け寄ってきた。
「遅れてすまん桐島少尉!」
「やあ、やあ!桐島君、お久しぶり! お久しぶり!」
と桐島に歩み寄った将校は彼の歴代上司の『月夜野大尉』と『樋村中佐』であった。
注1)月夜野大尉は先の黒荊事変でブーヒン一味に特攻するも凶弾に倒れ殉死、その後はモモコの幸福の実発動のおかげで地獄より帰還。階級は死後二階級特進であったが、生き返ったため特進は取り消し。同大尉のまま。代理の樋村の代わり情報二局の司令に返り咲き。現在の桐島らのボスである。
注2)樋村は先の黒荊事変で手柄を独り占めし大尉から中佐に特進。現在は帝国軍の中枢部に栄転。安全な後方でウハウハの毎日。
桐島は固い握手で両雄を迎えた。

モモコは2カ月ちょい前のあの日のことを思い出していたのか、
言葉もなく、しばし広いロビーにある大きな階段の前に立ち尽くしていた。
そのとき、二階の手摺りの向うに佇む少女の幻影を見ていた。
それは数奇な運命で結ばれた姉、黒荊林檎子であった。
モモコは特に驚いた様子もなく、そっとプロシーボのペンダントを掌に握りしめた。
林檎子がモモコに振り向き、微笑んだように見えた。
しかし、プロシーボのペンダントの光りの振幅に何も反応はなかった。
ふいにモモコの両肩にやさしく手が添えられた。それは母幸江のものであった。
すると林檎子の幻がすうと消えた。
「林檎子お姉ちゃん……」心の中の自分が叫んだ。
そして気付いた。彼女はもういないのだ、と。
モモコは幸江の手をそっと握り返した。

「モモコちゃん、幸江さん、ちょっといいかな?」
廊下の向こうからモモコと幸江を呼ぶ桐島の声がした。
振り向くと桐島が帝国軍の会議室として使用中の応接室に来るよう手招きしていた。

応接室には桐島のほか、月夜野と樋村がいた。
この二名の将校はソファから腰を上げモモコと幸江を最敬礼で迎えた。
モモコもつられて敬礼のマネっこをしてみた。幸江があわてたような困った顔をして礼をした。
一瞬、コワモテのオジサン将校らの顔が綻んだ。

更新日:2019-10-22 20:30:17

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