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美女だと思った? 残念、ババアだった!

 信念もなければ今更に生きる為の大切な理由もない。そう思って生きて来た男が居た。彼は蟹のように横移動を楽しみ、必要と在れば海に潜って其の鋏で獲物を掴み取る。そうして見たくない現実を横移動するように逸らしながら人生を謳歌して来た。だが、在る時に生き甲斐を見付けてしまった。

『失せろ、お前みたいな奴が俺を止められると思ったか!』

『強いなあ、喧嘩で拙が……ゲホゲホ、ハアハアハアハア。喧嘩で負けたのは何時だあ?』

『知るか、兎に角失せろ。俺はお前に構っている暇がねえよ!』

 生まれて初めての敗北、相手は村で運動神経を競い合ったあのアドヴァニアン。一体如何ゆう経緯で初めて二人が対峙したのか判然としない。当然、彼も理由さえ忘れる程。だが、如何でも良い。戦う理由なんて如何でも良い。戦いたいから喧嘩を売った。戦いたいから闘争本能を剥き出しにして挑んだ。戦いたいから勝ちに行った。だが、結果は後一歩という時に恋人の声を聞いた男が底力を挙げて逆転勝利。彼は生まれて初めて敗北に喫し、月夜に見下される。

『ハッハッハ、負けたじゃないか。勝っていたのは拙だった……負けたのは何でだあ? あああ、全然わからねえなあ。いやあ、此の拙が何で負けたんだ? 然もあいつは、立ち上がるのも辛い筈だったのに……痩せ我慢を? そ、そうだあ。関係ねえなあ、面白いじゃねえか。エイガー・マイロード……そうだ、エイガー・マイロードだったなあ。覚えたぞ、人生を懸けてでも乗り越えたい好敵手の名前をおお。楽しみだぜ、ああ楽しみだぜえ……ハッハッハッハ!』

 たった一度の敗北が彼に修羅道へと目覚めさせてしまった。以来、彼の人生は好敵手を倒す事だけを念頭に向けられるように成った。圧倒的な成長性と戦いに於いて一切の妥協をしない姿勢、時には軽口を叩き時には周囲の空気に異議を唱えずに黙って従う忠実ぶりが認められて彼は絶滅派にスカウトされる。

『何だい、今流行りの少将閣下様が拙に何の用ですか?』

『活躍ぶりを聞いたぞ、ダスティン。今日から俺の駒と成れ!』

『出会って早々に何を仰りますかね? 拙が少将閣下の手駒に成れって? 何か特典でも在れば黙って付き合いますが……ないなら力付くで従わせてみて下さいよ』

『ほう、此の俺に力を出せと言ってるのか? 生意気な奴だ……益々気に入った。だが、俺は力を出すのは少々億劫でなあ。其処で此の男を紹介する』

『其れは……まさか少将閣下は拙にそいつの討伐を求めるのですか?』

『悪くない特典だと思わないか?』

『良いでしょう。如何せ拙は出世に全く興味がねえな。如何なろうと知ったこっちゃない。けれども其の特典だけは別だ。あんたの手駒に成ってやるさ!』

『良い返事だ』

 巨悪の手下に成った理由も同じ。生き甲斐を打倒する事に最大の意義が在る。其れ以外の理由は嘘っぱちに過ぎない。そうして彼は現在に至る--

































 --此処海賊船内の倉庫内に潜伏した『ダスティン・キャンズ』って呼ばれるストーカーは目覚めた。

「いけねえいけねえ、つまらん夢を見たな。其れよりもヴァルヴォーズの奴が此奴とは形の違う『アンチサモナー』を使用したそうらしいじゃねえか。愈々此の時が来たな……唾を呑んじまうスリルとは此の事かよ!」

 此のストーカーが右手に握る何かの薬剤のような物も『アンチサモナー』と呼ばれるのね。全く形が安定しないから困るのよ!

更新日:2019-09-05 20:15:53

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