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小さな卵

「それでは、貴女《あなた》がリドで姿を消してから、ポヴェリアで見つかるまで、その三年間のことは、全く覚えていないのですか?」

斜め向かいに腰掛けた、鳶色の髪と目をした通訳の男がイタリア訛りのある日本語で尋ねる。

「はい」

私は胸に提げたペンダントのオパールを握り締めて頷いた。

小さな卵に似た滑らかな石はひやりと冷たい。

真向かいでその様子を眺めていた碧い瞳が鋭く光った。

低い声で私には解せない言葉を発する。“ポヴェリア”という地名だけが浮かび上がって聞き取れた。

「ポヴェリアへは、船無しで行くのは無理です」

通訳が告げた。

ふと碧い瞳の刑事が広い肩を竦めてまた低い声で語ると苦笑いした。

「鳥になって、飛んででも行かなければ」

通訳の隣で微笑む刑事はブルーダイヤじみた目といい、黄金色の巻き毛といい、あの剣の大天使にそっくりだ。

むろん、この人の方が幾分日に焼けた浅黒い肌をしているし、ブルーダイヤのペンダントもしていないし、背中に白い翼も生えていない。

ここは私を含めた、「羽なし」の人間の世界だ。

更新日:2019-05-21 19:00:55

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