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・隣の部屋の恋愛事情8

「だから君を愛しているから
僕の筆は進むんだ」
オンボロアパートの自室に私は入った。
すると聞こえたのが隣の部屋に住む
画家の声だった。
おいおい、ここは人一倍ボロイアパートだから
大声を出すとよく筒抜けだ。
ま、その分お家賃も安くて文句は言えない。
どうもお隣の画家さん、彼女と通話中らしい。
洗濯機を回してシャワーを浴びて
パジャマに着替える。
洗濯物を干して狭い1Dkに戻る。
今日は外で食べてきたから
今はビールを飲むだけ。1本だけね。
小さな一人掛けの食卓の椅子に腰かけて
ビールのプルトップを開ける。
そのまま口をつけて飲もうとした時、
「何故、君と絵画のどちらを愛しているの
とか聞くんだよ。どちらも僕には必要な
ものなんだっ」
お隣の画家さん、まだもめてたのか。
でも、朝ドアを開けた時会う事があったっけ。
少し長めに伸ばした黒髪が初々しくて
細身にTシャツとジーパンが合ってたな。
鎖骨のあたりがちょっと色っぽいとか思ったりして。
「頼むよ。白いワンピースを着て帽子を被って欲しいんだ。
春の、たんぽぽの野原に風と戯れる君が
描きたいんだ。
そりゃ、いつも絵を描く場所にばかり連れて行って、
モデルをさせてばかりで悪いと思うよ。
でも僕の中のイメージと君はぴったり合うんだ」
あ、それ。地雷踏んだ。
何とはなしにお隣の画家さんと彼女の通話を
聞いていた私はツッコミをいれる。
それって彼女さん自身を必要としてないって
とらえられるよね。
「何故そうなるんだ。君自身を必要としているよ。
え、どうして別れようってなるんだ。
まってくれ。今度会って話をっ」
あーあ。ふられちゃった・・・
私はビールの缶を机に置いた。
そしてクローゼットを開ける。
その中には白いワンピースと帽子が
入っていた。
前にも隣の画家さんがそんな話をしていて
何となく買ってしまっておいたのだ。
私はワンピースの袖を通す。
すると、隣の部屋の境の壁から
綿毛がでてきた。たんぽぽの綿毛。
そして壁一面が彼の絵で埋め尽くされている。
私は壁に手をやる。
するとそこを突き抜けて、私は一面の
タンポポの野原にいた。
確か夜だったはずなのに、野原の上は青空。
お日様が照っている。
「君はっ」
あ、お隣の画家さんだ。
画家さんが手を差し伸べる。
私はその手をとる。
そして私達は抱擁した。
たんぽぽの綿毛が舞う中で。

更新日:2019-04-08 17:45:48

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