• 7 / 11 ページ

・隣の部屋の恋愛事情7

「何故そなたはそうなのじゃっ」
隣の部屋から女の金切り声が聞こえる。
…朝から止めて欲しい。
私はベッドから出てポットのお湯を沸かす。
既に寝ている気持ちは失せた。
そして隣の部屋からは女が一方的に
どなる声が聞こえている。
そう、隣の部屋は男性の独り暮らし。
夢うつつで隣の部屋のチャイムがリンリンなって、
それでも布団を被ってやりすごしていたら
この有様。
このアパートは格安だけあってボロい。
よって、隣の部屋の物音がよく聞こえる。
こちとら静かに暮らしているのに勘弁してほしいわぁ。
コーヒーを淹れて、隣の痴話げんか劇場を聞いていると、
「もういい、わらわは帰るっ」
そしてバタンとドアがしまる音。
やれやれ、これでもうひと眠りできるかなと思った瞬間、
家のドアをドンドンと連打する音が。
なんじゃらほいとドアに近づき除き穴から見ると、
ドレスを着た女性が一人。
本当にドレスを着ている。
桜色の足元まで隠れるドレス。
ご丁寧に手袋にティアラ迄付けて。
うるさいのでドアを開けると、
「失礼するっ」と
ずかずかと我が家へ入り込む。
そして食卓の椅子へ座りこむと
わぁっと泣き出した。
気付いたらお付きの人らしき人が数人
我が家へ入り込んでいる。
わたしは再びなんじゃらほいと頭がクエスチョンする。
そして、ティアラをつけてドレスを着た女性が
語り始める。
いや、誰も語り始めてくれと言った覚えはないのですが。
どうやら話を聞いていると、やはりというか
先ほど隣の部屋でわめいていた女性だった。
彼女、なんと某国の王女なのだそうだ。
たまたま旅行に訪れた隣の男性に一目ぼれをして
猛アタックしたそうな。
そして晴れて両思いになったそうなのだが・・・。
彼にしてみれば身分差や
自分の経済力の見合わさなさに怖気づいて
いい返事をくれない。
「わらわはそんな事は気にしないというのうに。
何故彼は応えてくれぬっ」
そう言って紅涙を落とす彼女に
はぁ、左様ですか。だけどお隣の男性の気持ち分かるぞ。
今まで贅沢三昧で暮らしてきた王女様に、
スーパーの見切り品に血相を変える生活送れとか
言えないもんね。
どうしたもんかと考えあぐねていると、
キキィッと車の止まる音がする。
そしてバタバタと複数人の足音がして、
隣の部屋の前で音は止んだ。
そして、リンリンとチャイムが鳴って、
「ぼっちゃま、じいやにございます。
御本宅にお戻りになるときいてお迎えにあがりました」
ン?ぼっちゃま?じいや?
すると今まで泣きはらしていた女性が顔を上げて
「彼は某財閥のご令息なのじゃ。
訳合って家を飛び出しここに住んでいたのじゃ」
などと解説して下さる。
何ですと?
私の頭がクエスチョンでフリーズしている間に、
私の部屋のチャイムが鳴る。
王女様のお付きの人がドアを開ける。
そして、そこには小ざっぱりして高価そうなスーツを着た
隣の部屋の男性が入って来て、
王女様の前にひざまずく。
「王女殿下、お迎えにあがりました。
元々私の勝手で家を飛び出していましたが、
貴女に苦労をかけるわけにはいきません。
実家の家業を継ぎます。
私と結婚して下さい」
そして指輪の入った小箱を彼女に差し出す。
彼女は涙をうるうるさせている。
彼は微苦笑して指をそっと彼女の左手の
薬指にはめる。
すると彼女が彼に抱きついた。
彼は笑って王女様をお姫様抱っこ(ギャグではない)して
私に向って
「失礼します。じいや、こちらの女性に
相応のお礼をするように」
「おおそなた、私達の結婚式に
呼んでしんぜよう」
王女様が何か言っている。
そして嵐のような二人はさっていった。
・・・ちょっと待て。
こういう場合、隣の男性が実は金持ちだったら
私が・・・
「シンデレラストーリーなんか大っきらいだぁ」
私はこのアパートに越してきて初めて大声を
出したのだった。

更新日:2019-04-07 09:26:26

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook