• 15 / 20 ページ

まあくんと夜桜

今年も桜が咲く季節になりました。
まあくんの家の近くには、桜が見事に咲く公園があります。
普段はまるで人なんかいない静かな公園なのに、
桜が咲くとどこから湧いてくるのか、たくさんの人でいっぱいになります。
わりと広い公園なので、屋台なども出ています。
まあくんは、毎年ママと一緒に屋台めぐりを楽しみます。
シートだけを持って行って、芝生のうえに陣取り、
屋台の食べ物にかぶりつくのです。
「この焼きそば、麺が太いね」
いっちょまえの口をきいて、口の周りのソースをペロッと舐め、
「でもおいしい。しあわせ~~」
などと、花より団子の典型的な人になっています。
「まあくん、お花も見てちょうだい」
ママが笑いながら注意します。
季節を感じられる人になってほしいと思っているママなので、
毎年、こういうところへ連れてきてくれます。
お祭り以外にも、田植えや稲刈りや、畑仕事にも連れていきます。
ミカン狩りやりんご狩りや紅葉狩り、スキーなんかもその一環です。
「パパも一緒にいられたらよかったのにね」
ママはため息をつきながら桜を見上げました。
パパはお仕事が忙しくて、なかなか満開の桜とタイミングが合いません。
「夜、来ればいいじゃない」
とまあくんが言うと、
「ええ?だってすんごく遅くなっちゃうのよ。まあくんに夜更かしさせられないわ」
「僕は寝てるから、二人で来ればいいんだよ。鍵かけてけば大丈夫だよ」
ちょっと怖い気もしますが、お留守番くらい、寝ちゃったら平気です。
「寝ちゃえば怖くないも~ン」
まあくんは、口をとんがらせて上を向きました。
白い桜の花が重なって、ムクムクの白猫に見えました。
(そうだ、シロちゃんはどうしてるかな)
なにげなくそう考えたら、
「にゃ~お」と返事がしました。
振り向くと、シロちゃんがいました。
シロちゃんは、ゴロゴロと喉を鳴らして、まあくんにすり寄ります。
「あれえ、シロちゃんだ」
「あらま、こんなに遠くまでテリトリーがあるのかしら」
猫にすれば、けっこうな距離がありそうです。
それに、人が多くて、猫が寄り付くようにも思えません。
「僕たちのあとについてきたんじゃない?」
「そうかしら。だったら連れて帰らないと迷子になっちゃうわね」
「うん・・・大丈夫だと思うけどなあ」
なんたってシロちゃんは魔法使いの相棒候補ですからね。
こんなことはへっちゃらなのかもしれません。
「うん、ぼくは一人でも平気だよ」
シロちゃんは、まあくんだけに聞こえるくらいの声で囁きました。
そして、
「ねえまあくん、今夜、夜桜見物に来ないかい?」
と囁きました。
「え~っ」
思わず大きな声で言ってしまって、まあくんは口に手を当てました。
「どうしたの?」
ママがびっくりしてまあくんの顔を覗き込みました。
蜂にでも刺されたか、舌でも噛んだかと、心配したのです。
「な、なんでもないよ」
はははと、気のない笑いをしながら、手を振ってごまかして、
「シロちゃんの毛が入っちゃって・・・」と、
キッとシロちゃんをにらみつけ、
「ダメじゃないか、すりすりしすぎだぞ」
とシロちゃんに罪をなすりつけ、わざとらしく撫でくりまわして顔を近づけ、
「うん、行くよ」
と囁き返しました。
なんだかんだいって、あの月祭りで夜の外出を経験してから、
まあくんはちょっぴり度胸がついてきています。
夜桜見物なんて、ちょっと素敵な予感がします。
「うん、楽しみだな」
と、また桜を見上げてつぶやきました。


その夜、まあくんの助言に従って、パパとママは夜桜見物と洒落こみました。
久々のデートです。
「じゃあ、行ってくるね。すぐ帰ってくるけど、寝てていいからね」
と鍵をかけて出かけていきました。
それと同時に、まあくんの部屋のベランダにシロちゃんが降り立ちました。
そおっと窓を開けてシロちゃんを招き入れると、
「じゃあ、ぼくたちも行こうか」
とシロちゃんが言いました。
「でも、ママたちと出会っちゃうんじゃない?」
「違うところへ行くから大丈夫だよ。でも念のため、まあくんのベッドには偽物を入れておこう」
「寝てるように見せかけるんだね」
なんていう悪知恵を持っている猫だろうと、まあくんは思いながら、それでも言う通りに、布団の中にぬいぐるみをいくつか押し込みました。
布団をポンポンと叩いて整えると、なにげに人が寝ているふうにはなりました。
「よし、じゃ出発」
「ちょっと待って。どうやって下に降りるの?」
まあくんは、今気づいて、茫然としました。
なんて僕はバカなんだろうと。
梯子があるわけでもないし、ここから飛び降りるなんてできません。
玄関から出るにしたって、合鍵なんて持っていません。
どうしたらいいんでしょう。
「なんだよ、ぼくがいるじゃないか」
シロちゃんは自信満々で、
「いいから、早くまあくんは靴を持っておいで」
とシッシッと手を振りました。

更新日:2020-09-15 15:32:15

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook