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小説

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もう人の訪れない神殿に手入れをしている老人が一人。
石碑をピカピカに磨いては天を仰いで何かを祈っている。
毎日繰り返される儀式のようなそれは、訪れる人達には神聖にも滑稽にも見えた。
人は口々に、あれはきっと何か罪を犯したからだ、人を殺めたのだとか言うのだが
誰一人老人を知るものはおらず、勝手に想像した嘘ばかり。
興味本位で近づいて聞くものはいても、老人はただ微笑むばかりで何も語らず
それが一層、とんでもないことをやってしまったんだと話を膨らませていた。
丘の上に住む女はそんな老人のもとへとやってきて、同じように祈りを捧げていた。
彼女のことも人々は噂した。美しい容姿ながらも襤褸を着ているから体を売っているだとか
話は中傷に変わり、彼女が来る時間になると中傷する姿さえも見なくなった。
老人は石碑を磨きながら彼女に問いかけた。
『もうあなたを悪く言う人などいませんよ。』
女は瞼を開き真正面を見つめたまま口元を緩めた。
『そうですね。あなたと私しかいませんね。』
老人は手を止めて椅子に座る。
『あなたのことを聞いてもかまいませんか?』
女は小さく息を吐いて頷いた。
『ええ、かまいません。私の何を聞きたいのですか?』
『ああ・・・ええと。』
老人は今まで沢山の人が口にしていたことを思い出し彼女の顔を見た。
『あなたは何を許されたいのですか?』
『許されたい・・・』女は老人の言葉を繰り返し立ち上がると老人に体を向けた。
『許されたいなど、許されるなど思ってはいません。』
老人は彼女の目を見てごくりと息を飲んだ。彼女の顔も体も美しく、今まで見た女性の中で
レリーフでみるように美しい天使のように見えた。
襤褸を着ていてもそれはただの襤褸で彼女を穢すものでない。
女は跪き老人の目線に合わせると両手を足の前で組んだ、ささやくように言う。
『あなたはどうして祈るのですか?』
『どうして?』
老人はうつむいてから顔を上げて苦笑した。
『許されると信じているからでしょうか。きっとそうしてくださると信じている。』
女はそうですねと微笑む。
『人は罪を犯すもの、全てに罪があり逃げられない。生きることは素晴らしいことです、
その反面で残酷に命を奪っている。美しいもの、汚れたものと分けて愛する。』
女はゆっくりと立ち上がり老人を見た。
『命は平等でない・・・私は沢山の命を奪っている。美しい花を摘んでは飾り
肉を食べ美味しいと喜ぶ。先日私は愛する人を殺しました。もう生きてはいられないと泣いていたから
小さな毒を一つ、ナイフを一つ、縄を一つ用意しました。その人は毒を一つ口にして死んでしまい
私はその人の髪をひと房ナイフで切った。』
老人は女の告白に目を見開いて口をあけた。
『殺したわけではない・・・でも殺したのと同じだ。』
『ええ、そうです。その人を葬って私は持っていたものを全て捨てました。
なんだか欲しくなくなってしまって、あのとき用意した縄だけをずっと大切にもっているのです。』
女は右手で襤褸に触れ笑う。
『それでもこれは必要だったのです、私のくだらないプライドのせいでしょうか。
人の目を気にしてこれが捨てられずにいる。靴も捨ててしまったのに。 』
老人は眉をひそめるとうつむいた。
『あなたは許されないという、でも祈ればきっと許していただけると思う。
私はあなたがそのためにここにきて祈っているのだと信じている。』
『いいえ、私が祈るのは殺してしまった者たちだけ。許されるとか許されないとかそんなものはもうどうでもいい。
安らかであれと、そう願っているのです。』
女は襤褸の腰元に巻いた縄を取り、老人の前に落とした。
『私はいつ死んでもいいのだと思う、祈りは続けるものかどうかわからないし、生きる意味ももう本当は
なくしてしまった。美しい世界を見たいと思わず、振るわれる暴力にも感情はない。
私はいつのまにかあの人が欲しがった死がわかったような気がする。』
『絶望しているのですか?』
老人の問いに女は首を横に振る。

更新日:2019-02-02 22:34:50